2009年11月22日

ドラッグストアにコーラから見るモノ視点でしか見えない人の恐喝じみた負け犬の遠吠え

本来の商品である薬や化粧品以外にも最近ではカップめんやお菓子、果てはドリンク・お酒類まで置いてあり、もはやミニスーパーと化したドラッグストア
その中でも、コーラが売っているかと思う。
普通コーラを店内で見た際、主に価格面を見ると思う。ああ安いなとか。
それ以外なら多彩なラインナップの中にこんなものもあるのかと思いながら買うかもしれない。もしかしたら何の気なしに買うかもしれない。


しかし、こういう見方もできる。ああ先祖返りしたんだな、と。
どうしてそういう発想なるのかというと、コーラの販売の歴史をひも解くとわかる

コーラというのは元々ジョージア州のアトランタで売られたコカコーラが最初。そのコカコーラが販売されていたのは他ならぬ薬局の一コーナーだったとされる。
当時は今のような炭酸水割りではなく、薬用酒のような扱いでワインと割られていたそうだ。ところが、禁酒運動の煽りでうっかり炭酸水と混ぜてしまったのを売ったところ好評だったのが今日のコカコーラの始まりと言われている。
それ以来、コカコーラもその後追随することになったペプシコーラも薬局を飛び出し、今や世界中の街角の店に置かれたスタンダードな飲み物となっている。
そして日本では、21世紀入るか入らないかから『先祖返り』したわけである。


このコーラから見てわかるように、モノの見方というのは様々な方向から立体的に見ることができる安いという視点・様々な商品にある一つの存在という視点・美味しいからという視点、そして薬局で売られたものが形を変えてまた薬局で売られているのかという視点である。


ところが、世の中にはそういうことができずに画一的、いわゆるステロタイプ、よく言う言葉ではステレオタイプとも言える人が存在する何でもかんでも自分の思うがままの型にはめ込み、数少ない情報からそうに違いないという妄想以上に偏見ともとれる見方をされる。
それゆえに、ステレオタイプという言葉は、個人的には立体的に見える人の意味合いが濃く、あまり悪い意味に使うのはいかがかと思う。むしろ片方の視点しか見えていないのでモノラル視点、モノ視点というのが正しいかもしれない


閑話休題。
恐らくモノ視点でしか見えない人は、仮にコーラを見ても安いとしか思わずに見るのかもしれない。それどころか何も思い浮かばないのかもしれない。
そんな人がここを定点監視して、粗探しばかりしているのだから胸糞が悪くなる。自分の都合のいいように解釈し、書いてもいないことをでっち上げるというモノ視点の典型的パターンを描いてしまったかのような振る舞いをされるのだから、ある意味道化師も真っ青だ。
かのヒトラーのように、「百嘘言えば真実になる」を地でいっているようなことをしているが、断言しよう。百でも千でも万でも、嘘は嘘のままなのだ。というのも、過去の行動から立体的に照らし合わせて嘘だとわかるからだ
そんな振る舞いをし続ければ、同じモノ視点でしか見えない人しか来ない。いや言葉は悪いが己が自身が単細胞になってしまうのかもしれない。
今純粋に友好を保っているのはたった一人のはずだ。それ以外はきちんとモノ言っても邪魔以外にしか感じていない人達ばかりだとその人は感じるのだろう。
また、こういうことを言うのは他に理由のある人には申し訳ないと思うのだが、クロスコメントを信望としているのは、自分にとって都合のいいことを消し去りたいから、早い話が情報統制を採りやすいからであると思う。


それに真実があるのか?
いやない。消された言葉が真実なのだから。


ちなみに、一つだけ言っておきたいことがある。かの人は私を40と称しているが、大間違いである。恐らく自らを60と言われたのを相当悔しく思ったからかもしれない



Posted by alexey_calvanov at 21:00│Comments(0)TrackBack(0) 真面目なモノ 

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