幕張メッセのある海浜幕張駅から約1時間。途中東京駅縦断(距離にして500mほど歩かされる乗り換えポイントが存在する)を乗り越えてたどり着いたのは信濃町駅。
中央本線と総武線両方走っているのに、駅は総武線しかないという特に地方から来た人間にはほとほと困った駅でもある(苦笑)。
そんな信濃町駅は、今回向かう明治神宮野球場(通称神宮球場。以下通称にて記載)へのいくつかある最寄り駅の一つであります。
東京およびその近郊に住んでいる方はご存じだと思いますが、神宮球場は神宮外苑の中にあり、同外苑の施設の一つなわけです。
そのため、信濃町駅から向かう場合、その神宮外苑を通り抜ける形になります。
で、この写真は信濃町駅からすぐにある明治神宮外苑軟式グラウンド前に立つモニュメント。
特に記載がない(ただ見落としているだけかもしれないが(汗))ため、馬とかユニコーンとか言われ、かつこのモニュメント自身何なのかよくわからないと思われます。
そういうわけで、ネットほうぼう調べた挙句よっとこさわかりましたよ。
あれは、麒麟(きりん。首の長いアレではなく想像上の動物のほうで、姿形は違えどキリンビールに描かれているアレと同じ)だそうで、あのモニュメント自身は国旗掲揚塔だそうな。
・・・っていうっか、こういう場合は神宮球場の隣にある高校に通っていたセンセに聞けば早かったかもしれない罠(爆)。
・・・というわけで、センセ、あれ何(ギャハ)?
途中車がブンブン走る道を通り抜けて、ようやく神宮球場に到着。時間的にはそれほどかからないと思われます(徒歩10分と書いてあるものの、体感的にはあっという間)。
そういえば、いかにもプロ野球を催す野球場のそばなんだなと思ったのは、バッティングセンター(明治神宮バッティングドーム)が近くにあるんですが、そのバッティングセンターのピッチングマシンは、本拠地のあるヤクルトだけでなく様々な球団の投手がお相手してくれるようになっているところでしょうか。
愛嬌を振りまくヤクルトのマスコットキャラのつば九郎。
しかしながら、ファン向けにバズーカーで打ち込む記念グッズの投げ込みにことごとく失敗しファンから大ブーイング。
「こんなはずじゃなかった」と(思ってたかどうかは知らないが(苦笑))意気消沈のつば九郎。
・・・いや、「やっちゃった」って感じで頭かいてるだけか(爆)。
外野席からバックスタンドを望む。
以前行ったマツダスタジアムと同じく、フラットな構造(注:傾斜はもちろん付いているが、気にならず見やすい)の球場。唯一違うのは2階席といった立体構造がないことくらいか。
センターバックスクリーンのスコアボード。
去年(2008年)改修が行われ、それまでの豆電球での表示から写真のよな全画面モニター化されました。モニターは近年急速に技術革新が行われたLED(発光ダイオード)製。
スコアボード周辺。
古田監督時代はアイフォリックスといった古田関連の商品が広告主になっていたが、今は親会社であるヤクルトの製品(左:蕃爽麗茶・右:タフマン)に代わっている。
・・・しかし近くで見ると派手だわ(爆)。
ちなみに、スコアボードに映っているガキんちょは106km/hを投げて始球式の権利を勝ち取った少年だったと思う(汗)。右の人はクリス・ペプラーさん?
以前にも書いたとおり、売店には宮崎地鶏を販売するコーナーもあり、宮崎鶏炭焼鉄板として販売していました。
・・・ガスなような気もするが気にしない(核爆)。
試合は先発の村中選手が(あの記事以降も踏ん張り)5回までパーフェクトピッチング。6回と9回に大崩れし、最後は抑えの林昌勇(イム・チャンヨン)選手で何とか逃げ切るという今年のヤクルトを象徴するような試合運びをしていました。
何でここまで横浜はあかんかなぁ・・・とか思うくらいに試合はかなりのハイテンポだったことを覚えています(それゆえ、終盤の粘りにはほとほと怖いものが)。
ちなみに写真は、追加点を挙げた際の東京音頭。
試合終了後の東京音頭。
元々東京音頭は今の千葉ロッテマリーンズの流れをくむ東京オリオンズのものだったが、当時東京オリオンズの本拠地のあった東京スタジアムからの移転に伴い1978年頃から継承という形で行われ始めたもの。
傘での応援も合わせて、今や伝説のヤクルト応援団の長であった岡田正泰さんが編み出したもの。
なお前述の東京音頭の継承は、その岡田さんがヤクルトが得点を挙げる際よく歌っていたことからも来ているそうです。
ライトアップされた聖徳記念絵画館。
この後再び約1時間かけて千葉まで戻るわけですが、何と接続の悪いことやら・・・(泣)。
一応総武線から船橋近郊を経由して行くルートもあるのですが、時間がかかるのと本数が少ないのとで極めて不便なんですね・・・。