2013年05月06日

プロ野球を象徴する2人が2000本達成

昨日(5/5)にDeNAベイスターズの中村紀洋選手、今日(5/6)は中日ドラゴンズの谷繁元信選手が2000本安打を達成しました。実は、5/5にも双方が2000本安打達成(もし実現していれば史上初の出来事だった)というメモリアルデーだったのですが、中村選手がお先にといった感じで先に達成するという経緯がありました(その時に花束を渡していたのが、皮肉にも谷繁選手)


中村選手は1991年に近鉄に入団。新人になる1992年から第一線で活躍(レギュラーを獲ったのは1994年)。以降持ち前のフルスイングで近鉄いてまえ打線の核になっていました

ところが、近鉄・オリックスの球団合併に伴い近鉄が消滅すると、大リーグへの移籍を表明することに。ただ、大リーグの1年は全くと言っていいほど活躍できず、事実中村選手にとって、この時期は黒歴史的な扱いをしているようです。

その後2006年に、近鉄消滅後の分配ドラフトで一時的に在籍していたオリックスに復帰したものの、ケガの扱いを巡る球団との対立で退団翌年の2007年になっても移籍先が決らず煮え切らない中、中日が手を上げ、テスト生として入団することになりました。ここでの活躍は神懸かり的なものがあり、中村選手の評価をさらに上げたとも言えます。

2008年にはフリーエージェント権を行使して楽天に移籍したものの、期待されていたほどの活躍ができず自由契約に。トライアウトなどを経て2011年に横浜(現DeNA)に拾われる形で入団することになりました。

時に奔放な発言をするなど中村選手は色々言われていますけれども、信念を曲げないところは一貫していると思います。それだけ苦労人の節はあるのですけど、今ではあまりいない職人的なプロ野球選手なのかもしれません。


一方谷繁選手は、1988年に大洋(現DeNA)に入団新人時代から正捕手として活躍し、横浜の優勝に貢献した名キャッチャーとして成長します。
2001年には大リーグへのフリーエージェント宣言を行ったものの、よい結果が得られず中日へ移籍。以降中日の正捕手として10年以上屋台骨を支える存在になりました。その間無くてはならない存在になったのは言わずもがな。

なお、今回の2000本安打達成で、昨年達成したヤクルトの宮本慎也選手を抜いて最年長達成選手となりました。

なかなか打てないポジションとも言える捕手で、ここまでやってのけたのは、野村克也さん・古田敦也さん以来3人目。伝説のキャッチャーの仲間入りを果たしたとも言えるわけです。


しかし、彼らはこれを通過点としてしか見ていないようで、更なる上を目指しているようです。
中村選手は自らのフルスイングの象徴とも言える本塁打の通算本数400本が目前に迫っており、谷繁選手は1000打点が同じように目前に迫っています。また谷繁選手は出場試合数で王貞治さんを抜く可能性をもっており、またさらに偉大なキャッチャーへ一歩進めようとしているのです。


ここまで来たら、さらなる記録を積み上げ、歴史に残る選手担ってもらいたいと思います。本当におめでとうございます。


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Posted by alexey_calvanov at 23:54│Comments(0)TrackBack(0) スポーツ 

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