2013年12月24日

カラシニコフ死去

世界で最も使われ、人類史上最も多くの人を殺した兵器として名高い自動小銃AK-47、通称カラシニコフ銃の生みの親とも言えるカラシニコフさんが亡くなりました。死因は不明ですが、胃からの出血がきっかけだったそうです。


カラシニコフさんは1919年に西シベリアで生まれ、農業機械や鉄道関連の仕事に従事していました。
1938年に徴兵制度により徴兵され、翌年から始まった第二次世界大戦の独ソ戦に戦車隊隊長として従事したものの、1941年にドイツ軍の砲弾で負傷し、以後は銃の設計に携わることになりました。

1946年にドイツ軍の自動小銃をモデルにカラシニコフが完成し、1949年に軍に正式配備されたのをきっかけに安価さ・扱いやすさ・高い耐久性と信頼性を背景に1950年以降、正規品・模造品も含め共産圏国家や発展途上国にばらまかれることになりました。
このカラシニコフの拡充によって、罪のない人々も含めた大勢の人達が殺されることになり、カラシニコフさん自身も死神扱いされることもあったそうです。その件に関しては、90歳になった時にロシア政府から最高勲章を授与された際、自身の名が付いた銃で大勢の人達が殺されていることに対し問われたことがあったのですが、「銃が問題ではなくて、事態を解決できなかった政治家が悪い」との返答を残しています。これを他人事と捕らえるのか、その通りと言うべきか・・・なかなか難しいところです。勝手に不名誉な記録が独り歩きしてしまっている部分もあるので。


ご冥福をお祈り致します。


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Posted by alexey_calvanov at 23:54│Comments(0)TrackBack(0) etc 

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