2019年11月06日

やっぱりそうかとしか言いようのない展開

今日、薬物絡みで有名人が逮捕されるということがありました。


最初は、元タレントの田代まさし容疑者宮城県塩釜市の宿泊施設で覚せい剤を使っていたことがわかり、都内で身柄を確保したものの、その時にも覚せい剤を所持していたため、覚せい剤取締法違反(所持)で逮捕となりました。
これまで覚せい剤所持で3度、大麻所持で1度の計4回に及ぶ薬物絡みでの逮捕。今回で5回目になるので、歌手の清水健太郎さんの6回(2回大麻所持、3回覚せい剤所持、1回麻薬(合成麻薬、いわゆる脱法ハーブ)取締法違反)に次ぐ逮捕歴になっています。

もうどうしようもならないという言葉しか出ない薬物依存からの脱却が大変なのはわかる。ただ、ここまで来ると意思(思い)・意志(成し遂げようとする思い)の問題では済まされないほど悪化しているとも。周囲のサポートが必要なのもわかるけど、ここまで来たら徹底的に治療するために、長期間の服役も必要なのではないかと思ってしまうほど。
あまつさえ、現在田代容疑者は麻薬・覚せい剤脱却のサポートを行う法人団体の職員になっている身。それなのに、薬物を使っていたということがわかってしまったら、組織のイメージダウンにもなるし、脱却しようと奮闘する職員や頼りにしている患者にも迷惑が掛かる。実はあいつらもやってるんじゃないかという目で仲間が見られてしまうことに、本人はどう思っているのでしょうか。


もう一人は、元スノーボード代表の選手だった國母和宏容疑者。今日、自らが東京都千代田区にある厚生労働省の麻薬取締部に出頭し、その後警視庁が大麻取締法違反で逮捕する事態になりました。ちなみに、大麻の密売とのことで捕まったのですが、本人はそれを否定しているそうです。そうなると、使った以外考えられなくなるぞ・・・。

國母容疑者はバンクーバーオリンピックで8位入賞の実績があるのですけれども、その時の着こなしの問題で世間から大バッシングを受ける事態になりました。その釈明会見でも悪態をつき、「反省してまーす」の一言は彼を表すものとなりました。
現役を引退後は、アメリカを拠点に平野歩夢選手のコーチとして活動し、ソチオリンピックでの銀メダル獲得に貢献しました。当時は「國母は改心した」と持ち上げられたものです。また同じオリンピックで銅メダルを獲得した平岡卓選手も尊敬する選手として國母容疑者の名を挙げていましたが、よもやひき逃げ事故を起こしていたとは・・・。ファンには申し訳ないけど、類は友を呼ぶになってしまったなぁ・・・。

これもまたスノーボードのイメージを悪化させてしまったなと。しばしば言われていたのは、スノーボードは薬物が蔓延しているという話で、IOCもそのあたりを危惧していました東京オリンピックで採用されるBMXなど若者向けのスポーツにもその懸念があるため、クリーンさを売るIOCが今後それらの競技を削除するきっかけにならないか心配でもあります。


どちらも本当に反省してほしい。アクションだけでは済まされないのが薬物利用。國母容疑者は密売の可能性なので、利用ではないけれども、状況によっては田代容疑者のように厳しい目を向けられることになるでしょう。


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Posted by alexey_calvanov at 23:59Comments(0)

2019年10月07日

FC岐阜観戦記2019 第18節 大坪博和というレノファ山口12人目の『選手』

FC岐阜、昨日はレノファ山口FCとの一戦になりました。
ご存じとは思いますが、非常に荒れた試合になりました。今でもはらわたが煮えくり返っています。少し前にDAZNでもう一度確認しまししたけど、主審の大坪博和は本当に酷いかの人は本当に正当なジャッジができてない。特に後半の3枚目のイエローカードが出たあたりからジャッジが少しずつおかしくなってきている。そのあたりを見ながら試合を追っていきましょう。他の話題もやりたかったけど、この試合だけはダメだわ。この記事で仕切り直ししてからで、できるかどうか。


SHV39_5801試合は、実のところ岐阜がいいペースで進めていました山口の動きにキレが無く、緩慢さが見えていました。それでも得点力が無い岐阜にとっては、厳しい。押し込めないんですよ。

そんな中で前半29分に藤谷匠選手にイエローカードが出されます。この判定は微妙だねぇ・・・。倒してしまったように見えてしまったのが悪いふうなのにもかかわらず、ほぼ一方的に藤谷選手が悪いふうに見られてしまった北野誠監督がお怒りになるのもわかるねぇ。ファウルは取ってもカードじゃないだろう。その前にもミシャエル選手が山口の高宇洋選手と小競り合いをしているのですけど、高選手がけしかけているのは注意しなかったんですよね・・・。ミシャエル選手にはなだめていましたけど、そっちが主体じゃないでしょうと。
そして前半33分には竹田忠嗣選手にもイエローカードが出ます山口の宮代大聖選手との接触の際に後方からラグビーのタックルのような形になってしまってカードということですけど、これも正直微妙ですが、取られてもおかしくないプレーではあります。ただ、やはりこの前にミシャエル選手の服を引っ張ってる選手がいるんですよ。このプレーも見る人は見るからね。服を引っ張ってというのは、ウチだと阿部正紀選手がよくやってしまうプレーですけど、正直流してるから、妥当なのかな・・・。
試合は前半終了間際にミシャエル選手が、中島賢生選手の打ったシュートが相手キーパーがこぼしたのを見逃さずに打ち込んで先制ホームで先制は5/5のFC琉球戦以来なんだよね・・・。この時は皆勝てると思い、前半終了で喜びを爆発させるシーンも。おいおい、サッカーは90分のスポーツやで・・・という言葉が、まさか重くのしかかってくるとは、この時には思いもよらなかった。


後半になり、2枚替えの山口の波状攻撃が機能しだし、岐阜は徐々に防戦一方になり、最終的には(後半28(73)分の阿部選手投入をもって)点を獲ることをあきらめたかのように塹壕戦を敷きます
ただ山口は、後半が始まっても、確かに2枚替えしたのに点に結実していない。そう思うと、この日の山口は精度が悪いなと。
ところが、そこに主審が『修正』を掛けてきます
塹壕戦を敷く前になりますが、後半9(54)分に塚川孝輝選手にイエローカードが出されます後ろから攻めて倒した・・・とのことですが、この判定も厳しい相手が後ろを見せた時に突っ込んでるので、少し意図的とも見えますわ。言葉は悪いですけど、ここまでは上手く丸め込んでだましているとも言えます。
その後、この試合のターニングポイントになる後半14(59)分、三幸秀稔選手と接触した宮本航汰選手が肩を脱臼するアクシデントが発生少し宮本選手の自爆気味のプレーではあるものの、動けないところを見たら、すぐに止めるべき案件だったんじゃないかと。J3ですが、アスルクラロ沼津×セレッソ大阪U-23でも似たようなプレー(あの時は相手の選手は脳震とうだったかと)があって、インターセプトした後シュートをセレッソの選手が止めて出したので、すぐに動いたんです。山口から岐阜に主導権が移るのが遅れたので、止められなかったんでしょう。ただここで、ものすごいブーイングが出て、審判の冷静さが失われていったのだと思います。
そして塹壕戦を敷いた後、後半38(83)分、ヤン=オーレ・ジーヴァース選手に遅延行為ということでイエローカードをもらう羽目に。これがわからない。遅延行為を働いてると思しきキーパーは過去何人もいるのに、ここで出てしまうのは、感情論じゃないのとさえ思えるほど。
極めつけは、終盤。前田遼一選手が倒されてしまったシーン。これはPKじゃないのかという議論もあるのですけど、そうであってもそうでなくとも、主審がきちんと見ていないのは明白。止めたのはいいけど、ゴールキックは無い。ボールが出ているのなら、コーナーキックの可能性もある。副審の反応を見て決断を下すべきなのに、独断と偏見でしか見ていない誤審の可能性が極めて高いです。
これで岐阜の選手も監督もスタッフも気持ちが切れてしまったのでしょう。最後の最後に追い付かれ終了試合終了後、主審への怒りが爆発し、会場がブーイングに包まれた・首脳陣とスタッフが猛抗議になったのは言わずもがな。


山口へのプレーには目をつむり、岐阜へのプレーはほんの些細なことでもカード。特に後半から主観の入った感情論で動いている。はっきり言ってクズ審判。北野監督が怒っているのは、アディショナルタイムの長さじゃない。フェアに見ていない主審にですよ、DAZN解説の戸塚哲也さん



とにかく、まだいろいろなことを言いたいけど、気持ちがまとまらないので、このへんで。
ただ、サポーターが悪い雰囲気を作ったからこうなったとか言うのは、正直違うんじゃないかな、と。そうさせたのは誰か?主審がフェアな目で見ていないのが最大の原因。岐阜悪しで見ているとしか思えない部分もあったような。そして、ブーイングで感情論に流されるのは、審判失格。人間だからじゃ済まされない。どんな時でもきちんと冷静に試合を裁いていく、粛々と動かすメンタルが無いのは、ピッチに立っちゃダメ。ゲームを壊すような審判は、二度と岐阜の試合に立つな。いや、サッカーの試合に不要ですわい。過去にも他の審判に変に進言して出場停止になっている点を考えると、それが妥当です。

ただ、引き分けに終わったことで勝ち点1は得た。それだけが救いと言いたい。でも、あまりに痛い引き分けでもある。切り替えないといけないけど、今でももやもやが残る。次の試合に響かなければいいが・・・。


J2残り試合あと8。降格圏脱出までの勝ち点差は4。


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Posted by alexey_calvanov at 23:27Comments(0)

2019年09月07日

沖縄へ行く③

SHV39_5529ひめゆりの塔から数km離れたところにあるのが、沖縄平和祈念公園糸満市の東端にあり、その隣にある八重瀬町とにまたがってある国定公園の沖縄戦跡国定公園の一つです。ちなみに、この前紹介したひめゆりの塔も沖縄戦跡国定公園の一つなのです。

写真は、沖縄平和祈念公園そばに建つ沖縄県平和祈念資料館。今回は時間が無いために入らず。



SHV39_5532坂道を下っていくと、大きな広場がありました。この広場が平和の広場中央の泉にあるモニュメントには、慰霊の時期になると火が灯されるそうです。



SHV39_5533このあたりは摩文仁というところで、沖縄戦の激戦地だったところ。摩文仁は日本軍の司令官が自決したところでもあるため、(一応)終結の地でもあるのです。
恐らく写真に写る浜も、アメリカ軍との戦闘が行われ、血の海になっていたかもしれません。今見ると、そんなふうには思えないほどきれいな海なんですけどね・・・。



SHV39_5536さて、平和の広場のそばには、平和の礎(いしじ)と呼ばれる慰霊碑があります。6/23の沖縄県の休日になる慰霊の日になると、このあたりの映像が放送されるので、よく見た場所ではあります。



SHV39_5534しかし、実際にその場所に立つと、その姿に圧倒されます
視野に入るほぼ全てが慰霊碑で埋め尽くされるのです。まるで団地が建っているかのように、整然と慰霊碑が蛇腹で並んでいるのです。

ここには、満州事変から太平洋戦争終結までに亡くなったおよび終戦後1年以内(原爆被爆の場合は現在も対象)に先述の戦争が原因で亡くなった沖縄県出身の方々と沖縄戦で亡くなった沖縄県外の出身者(アメリカ軍など外国兵問わず)の名前が刻まれています。前にも書きましたが、沖縄戦は当時の県の人口の1/4が亡くなっているため、先祖の誰かが沖縄戦に関係しているとも言えるのです。沖縄の春の彼岸(4月上旬にあるシーミー(清明))・お盆と並んで家族が先祖の供養をする日となっているのでしょう。ただ、中には一家全滅で供養する人もいないそうですが・・・。



テレビで見た映像では体感できない、威圧感というのか、何かを訴えるような切実な姿を見えないのに感じました。夏の暑さの幻では片付けられない、沖縄戦の凄まじさを感じたのではないかと思います。時間の都合でそんなに長くはいられなかったのですが、短い滞在時間でもその圧を感じるのですから。これは行かないとわからないでしょう。

また行かなければと思います。今度は沖縄県平和祈念資料館にも行きたいものです。


この後は、再び那覇市に戻ります。沖縄を象徴する場所に向かうからです。


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2019年09月06日

沖縄へ行く②

SHV39_5528那覇空港からおよそ40分、糸満市にあるひめゆりの塔とひめゆり平和祈念資料館に着きました。
太平洋戦争の中で最も苛烈だったとされる沖縄戦とその中に巻き込まれた女子学徒隊の悲劇を語り継いでいく場所でもあります。とはいえ、今は観光スポットとしての側面が非常に強く、入口近くには花屋(お供えの花を売るだけの店)と土産物屋と食堂がありました。仕方ないとはいえ、戦争は遠くになりにけりと思わされます。

写真には収めていませんが、入口のそばにはガマ(洞窟)があり、マングローブの木が生えていました。このあたりで生えるのは珍しいそうです。ご存じ、他の木に寄生すると絡み付いて絞め殺す、あの木です。



SHV39_5527入口にはひめゆりの塔の記という石碑があります。ひめゆりの塔がなぜ建てられたのかというのを書いているものだそうです。



SHV39_5526沖縄戦がどのような展開を見せたのかという図。ひめゆり平和祈念資料館にも同じものはあります。
4月にアメリカ軍が沖縄本島中西部に上陸。日本軍を南北に分断していく中、日本軍はガマの中にこもり、塹壕戦やゲリラ戦といった持久戦を敷いてきました。無駄に長引かせた中でも、6/23に沖縄にいた沖縄守備軍の最高司令官の自決によって遂に終わるかと思われたものの、司令官の解散命令で前線に放り出された女子学徒隊・鉄血勤皇隊(いわゆる少年兵)・生き残った日本兵と一般市民が路頭に迷う結果になり、かつアメリカ軍への投降は最も屈辱的な行為として、自決を選んだり、アメリカ軍に詰め寄ったり攻撃を挑んだりして殺される結果となりました。アメリカ軍に無差別に殺された人ももちろんいます。



SHV39_5521こちらがひめゆりの塔。しかし、ひめゆりの塔というのは、右下にある石碑とも言える部分になります。
こちら、戦後すぐに建てられたもので、物資不足・アメリカ占領下だったという事情もあり、この姿になったと言われています。
じゃあ、奥にあるものは何なのかというと、ひめゆり学徒隊と言われる女子学徒隊の納骨堂。つまりは慰霊碑なのです。
この納骨堂も、戦後ひめゆり学徒隊の親が、壕の中で探した死んだ娘の遺骨を納めるために建造されたものです。

なお、ひめゆり学徒隊とは、沖縄師範学校女子部と沖縄県立第一高等女学校の教師・生徒達を指し、沖縄師範学校の校誌だった「乙姫」と沖縄県立第一高等女学校の校誌だった「白百合」を組み合わせた名が由来になっています。平仮名で書かれるのは戦後になってからで、花の名前であるヒメユリとは関係ないそうです。



SHV39_5522納骨堂のそばには、ガマがあり、沖縄陸軍病院第三外科壕として機能していきました。とはいっても、ただのほら穴なのは明白で、治療行為も限定的だったと思われます。また、深い穴の中ということもあり、はしごでの移動を強いられていました。そして何より、元々そこには地元の人達が防空壕代わりに使っていたガマでもあったのです。そのガマを日本軍が強制徴用してしまったのです。



SHV39_5524少し進んだところに、ひめゆり平和祈念資料館があります。
ひめゆり部隊および女子学徒隊の成り立ち、沖縄戦に向かうまでの日本の歴史、沖縄戦の概要とその悲惨さ、そして亡くなった226人全ての経歴と最期、ひめゆりの塔以外の慰霊碑の場所が記載されています。



SHV39_5525出たところにあるのが、沖縄戦戦没者の慰霊碑。



とにかく一言。むごい、酷い。それ以上の言葉が思い浮かびませんでした。
たった数ヶ月で沖縄県の当時の人口の1/4が亡くなったとされており、中でも6/23の解散命令後に亡くなった人が最も多いというのですから、何を言えばいいのだと。さらに、沖縄戦は本土防衛戦という位置付けで、悪く言えば、沖縄は捨て駒で、そこの住民はどうとも思っていなかったとも取れるのです。
沖縄戦のむごさは歴史では知っていたものの、ここまでとは思っていませんでした。改めて戦争の悲惨さ、二度と起こしてはいけないものだと痛感させられます。


そして、この後は数km離れた沖縄平和祈念公園に向かいます。


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2019年08月23日

調子に乗り過ぎたな

大阪府東大阪市にあるセブンイレブンが、日曜休業を来月から行うと宣言して話題になっています。
このお店は、人手不足が深刻化していた中でも、セブンイレブン本部(以下本部)からは24時間営業を強要されていたと言います。奥さんと一緒に運営されていたそうですけど、奥さんが病気になってからも24時間運営を余儀なくされ、本部から人がシフトで派遣されていたものの、厳しい労働時間体制だったとも述べています。
そして奥さんが亡くなり、アルバイトを募集してもなかなか来ない、人の派遣を要請しても断られる、カネは支払うので派遣してくれと聞くと本部からはそんなものは無いとあしらわれたとのこと。
そのため、今年遂に深夜帯の営業を止めたのだそうな。そうしたら本部が契約解除と違約金を迫ってきたとのこと。

ところが、これまでのやり取りがニュースで取り上げられると、本部側の態度は軟化現状は深夜帯の営業は休止したままでの営業を黙認されている格好になっています。一応本部も緊急派遣という形で日数を限定して派遣するスタイルを提示したものの、この店は断り、現在は息子とともに営業しているとのことです。
それでも人が集まらないので、今回の日曜休業に踏み切ったのでしょう。当初は本部も契約違反とは述べていたものの、人を派遣しようと提案したものの、金銭面で折り合わなかったとのこと。あれ?人を派遣してくれと言ったんじゃなかったっけ?それを断ったのか?解せんなぁ・・・。
そんなこともあったからなのか、本部も今後も協議をするとは言うものの強硬策も出してきて、9月から実施する予定の日曜定休を行えば、契約解除に乗り出すと述べています。


この店は、結構いわくつきのところだったらしく、賛否の分かれる店でもありました。
ただ、オーナーの言い分を聞けば、元々マナーの悪い人達が多かったため、やむを得ずトイレを貸さない・駐車場に対する厳しい物言いや時間制の導入を計ったのだそうな。オーナーの性格もあってか、モノ言うオーナーになっており、オーナーがお客に対して強く言ったケースもあったそうです。それが本部に伝わっているとも掲載するメディアもありました。ただ、概ね24時間営業の休止は好意的に受け止められていました


しかし、今回の件はちょっと違います日曜という小売りの中で最も稼ぎ時を閉めようというのは、小売りとしての義務を放棄しているに等しいです。もちろん立地によって日曜が稼げないからという理由もあるのでしょうけど。
それに、年中無休の営業方針は、本部の契約上盛り込まれているのでしょう。24時間営業は無理でも年中無休なら何とかやれるはず。本部も契約解除をちらつかせてはいますが、時短は事実上合意してくれています。あとは、オーナーが自助努力で改善していくしかないのです。


厳しいのはわかります。本部に虐げられた気持ちもわからないわけではないです。でも、時短の時に応援してくれた人も、今回ばかりは支持してくれないと思います。自分が使いたい時に使えない不便が、いかに自分を苦しめる困りものであることをオーナーは自覚してほしいです。コンビニは社会インフラでもあるのです。その責任を放棄した時に招く結果は何を意味するか。


9/1までまだ時間はあります。考え直してほしいです。


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Posted by alexey_calvanov at 23:28Comments(0)

2019年08月22日

トランプ大統領「How much is Greenland?」

バカか冗談かと思ったら、結構本気らしいよ。


アメリカのトランプ大統領が、デンマーク領であるグリーンランドを購入したいと言い出した。デンマーク側に打診したものの、デンマークのメッテ・フレデリクセン首相は拒否。そもそも売り物ではないとデンマークとデンマーク領グリーンランドの自治政府も猛反発したのです。
そうしたら、拗ねてしまったのか、トランプ大統領は、デンマークの元首であり女王のマルグレーテ2世の招待をキャンセルしてしまったのです。その中に組み込まれていたフレデリクセン首相との会談もキャンセルになりました。


何でグリーンランドが欲しいのか?答えは簡単。そこに資源が眠るから。今でこそ分厚い氷河の中に眠っているものの、昨今の地球温暖化で氷が薄くなり、資源を掘りやすくなるという算段が働いているのではないかと。トランプさんよぉ、アンタ、地球温暖化なんてまやかしだとか言っていたやんけ!
そしてもう一つの理由、アメリカの防衛上重要だから。ここに軍事基地があれば、ロシアをはじめとするヨーロッパににらみを利かせられるからでもあります。


ところで、相手の国の土地なんて売り買いできるのとか思った方もいるでしょうけど、意外にも買収や買い取りということが行われています
アメリカはその最たる例で、東部13州で独立した後、現在の中部やフロリダはフランスやスペインから買収した土地でもあります。
またアラスカはクリミア戦争で財政難だったロシアから格安で手に入れた土地でもあります。当時は毛皮を産物にしていたものの、それも枯渇していたそうで。何にもなかったアラスカは、ただの冷凍庫と揶揄される土地だったんですよ。ただ、後に石油が出たのですから、ロシア(石油の出た頃はソ連でしたが)は大損ですわね。

で、デンマークに購入の打診をしたのは今回が初めてではないんです。
アメリカのグリーンランド購入は過去に2回検討されたことがあり、1回目は1860年代にアンドリュー・ジョンソン元大統領が、2回目は194年にハリー・トルーマン元大統領が、それぞれ検討しています。トルーマン元大統領の時には1億ドル(当時)という買収価格まで提案していたほどなので、アメリカは結構本気で考えているんですね。トランプ大統領の狂気の沙汰だとばかり思っていましたから。ちなみに、1867年のアメリカ国務省の報告書で、グリーンランドはその戦略的位置や豊富な資源から、理想的な購入対象とされていたそうです。結構本気なレベルだぞ・・・。
ただ、グリーンランドは失敗しましたけど、過去にデンマークとの取引が成立しているんですよ。その場所はカリブ海に浮かぶヴァージン諸島の西半分当時デンマーク領だったヴァージン諸島の西半分は、1917年に2500万ドル(当時)で購入しているんです。なぜ買ったのかというと、当時は第1次世界大戦中で、ドイツ軍がパナマ運河を占拠・利用しないように目を光らせるためだったそうです。


さて、グリーンランドそのものは、どういう立ち位置なんでしょうねぇ。
先程からデンマーク領と言ってますけど、正確には自治領で、ある程度の政策は自分達で決められますが、実はグリーンランドに住むイヌイット達は独立を視野に入れているようです。現状デンマークは独立を認めないようですが、自治権の拡大は行っており、将来的にはコモンウェルス的な立ち位置になっていくのではないかと思います。


気になるのは、今回の購入をきっかけにトランプ大統領がデンマークにアメを投げ込むんじゃないかと。独立は無理でも、アメリカの州と同じ権限を与えるなんて言ったら、どう転ぶんでしょうかねぇ・・・。


個人的には、よその国の土地を売り買いすることというのは、前時代的な行為だと思うんですよ。平和的に譲渡されるというふうなら、まだわかりますけど、カネが絡むのは、あんまりよろしいことじゃないですよねぇ。もちろん、血を流すのはもってのほかですけど。


ただの狂気の沙汰で終わってくれることを願います。仮にアメリカに渡ったら、彼は何をするかわからないから。


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Posted by alexey_calvanov at 23:18Comments(0)

2019年07月29日

哀しみの京都

先日京都に行った時、どうしても行っておかないといけない場所があった。


京都駅からJR奈良線に乗り換えて、六地蔵駅で下車。この駅は地下鉄東西線の終点でもあるのですが、少し離れたところに京阪の駅もあります。
駅を降りて、小路を通り、山科川に掛かる橋を渡る。


SHV39_5372そこから少し歩いて、曲がろうと思った小路で、飛び込むように凄惨な現場にぶち当たる
JRから見た車窓でも、思わずあっと声を上げてしまったが、ここにたどり着いた時にも、思わず声を上げてしまったほど、焼け焦げた現場を目の当たりにしてしまったのです。



SHV39_5373そして、第1スタジオ正面玄関。
いかに炎がすごかったかがわかる。しかもこの場所は住宅地の中にある。もし犯人が持ってきたガソリン(40Lと言われている)を全て撒いていたら、この黒焦げだけでは済まなかったかもしれない周囲の家を巻き込んでいたのではないかと思えてならないのだ。
その凄惨さと閑静な場所で起こったという事実、そして犯人への憤りで、気持ちが押しつぶされそうになったのは言うまでも無い。
終始大勢の人達が訪れ、手を合わせていきました。皆ただただ絶句だったと思います。



SHV39_5374京阪の六地蔵駅そばには、献花台が設けられていました。
元々第1スタジオ前に置かれていた花束をこの場所に集約させたとも言えます。スタジオ前と同様に大勢の人が黙とうと献花などを行っていました。



SHV39_5378せめて何か支援ができないかと思い、木幡駅にある京アニショップに行ってみたものの、臨時休業となっていました。まだ10日も経っていないから仕方ないのかもしれないです。
木幡駅周辺には、京アニの本社があることからか警察の車が張り付いていました。社長と思しき人がオロオロしながら歩いていました。

しかし、もしこの場所や本社がターゲットになっていたら宅地が密集し、京アニショップの前は車がひっきりなしに通り、時に踏切で通行が阻まれるこの場所が狙われたら・・・。仮に、ガソリンの撒かれる量が少なくとも、大きな被害が出ていたかもしれません。そう思うとぞっとします。



この事件の犯人は、事前に下調べをして犯行に及んだと言われています。数日前から京都市・宇治市をうろついて、かつ犯行に及ぶための道具を買っているのですから、計画的なのは明らかです。自分の妄動のために罪の無い人達、夢と未来ある若者達・百戦錬磨のアニメーターや製作陣を亡き者にしたことは、いかなる理由や状況であれ非常に重い罪に問われてもおかしくないです、いやむしろ問わなければなりません必ず動機を聞き出し、罪の重さを償わせてからでないと、釣り合うものも釣り合わない、そう思えてなりません。あの凄惨な現場を本人に見せ、しでかしたことの大きさを理解させなければ、皆浮かばれないです。


この事件で亡くなられた方々のご冥福をお祈りすると共に、ケガを負われた方々とご遺族の方々の1日でも早い心身の回復を祈るばかりです。


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Posted by alexey_calvanov at 23:28Comments(0)

2019年07月22日

諸派の勝利

先日行われた参議院議員選挙、結果としては自由民主党と公明党からなる与党も立憲民主党・国民民主党・日本共産党・社会民主党からなる野党も決め手になるものが無いまま痛み分けとなり、注目された日本国憲法改憲の発動ができる2/3(164議席)も4議席足りなくなる結果となり、今後は与党にも野党にも難しい運営が迫られると感じています。


その中で、勝ち抜いたと言えるのは、与党でも野党でもない日本維新の会をまず挙げるべきでしょう。
かつての日本共産党のように、与党とも野党とも対峙し、軍隊式ともいえる集団戦法で戦い抜いてきました。大阪および関西圏の地域政党と言われていたのが、遂に関東圏(東京・神奈川)に議席を獲得比例でも鈴木宗男議員が復権することになったのですけど、鈴木議員は元々新党大地という北海道の地域政党の代表だった人。まだ新党大地は地域政党として残っているので、他の地域政党との連携で議席を獲得しているのです。残念ながら、名古屋の地域政党である減税日本との連携は成功しなかったものの、維新の候補が一部地域で上位当選の候補者よりも上回ったことから、一定の成果はあったと言えるかもしれません。


そして、今回の本当の勝者は、諸派と言われた2組織諸派と言われる組織が議席を獲得するのは初めてだそうです。
まずは、れいわ新選組山本太郎元議員が結成した新党ですが、比例枠で今回採用された特例枠を障害者に充てて、本来の目的である合区対策や自分の応援ができないという点を逆手にとって上手く活用しただけでなく、選挙区でも社会弱者や注目の高い人物を据えて、注目度を上げてきました山本元議員の注目度もあって、得票率を上げ、山本元議員の当選は果たせなかったものの、議席は2に増やし、政党案件もクリア。しかも今後特例枠で当選した2議員の注目度もあり、台風の目になることは間違いありません

もう一つは、NHKから国民を守る党NHKのスクランブル放送を目指す、いわゆるワンイシュー政党と言われるものです。
選挙区では議席を獲得できなかったものの、比例で最後の議席を獲得。しかも選挙区での得票率が2%を超えたため、1議席でありながら国政政党として認められることになりました


この2組織は、これから国政政党として政党助成金を受け取ることもでき、報道関係でも政党名を名乗ることができます(逆に言えば、政党として報道が扱わないといけない)。少なくとも次回の改選(2022年)まで適用されるので、この間に党勢の拡大ができるかもポイントになってくるでしょう。


諸派でも、やろうと思えばできる点、やり方次第では議席を持てる点、ワンイシュー政党の誕生という点では、今回の選挙は大きな政治の転換点になったかもしれません。
かつては様々な会派が様々な政策をぶつけて、衆議院とは違う雰囲気を出していた参議院。今は衆議院のカーボンコピーとも揶揄されていますけど、今後今回のような組織が頑張れば、また昔の雰囲気を取り戻せるかもしれません。


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2019年07月02日

実に下らない自粛

中日ドラゴンズ応援団は、中日ドラゴンズより不適切な歌詞があるということで、チャンステーマの一つである♪サウスポーの使用を自粛するとツイッター上で発表しました。球団関係者の発言らしいということでしたけれども、どうも与田剛監督の「お前より名前がいい。皆、名前があるんだから」という発言が発端なのではないかと言われています。この発言以外にも、「僕個人だけでなく、他球団にもそういう(お前が嫌だという)意見がある」と他球団でも持ち上がっている問題であることを臭わせる発言もしており、自粛以上(使用禁止)を求めていた可能性もあります。



このチャンステーマの歌詞には、♪お前が打たなきゃ誰が打つ!という文言があり、この点を与田監督はよろしく思っていなかったのでしょう。



中日のチャンステーマは、2013年に旧応援団が反社会的組織との関わりを理由に活動休止に追い込まれた経緯の際に、♪狙い撃ちをはじめとした応援歌も使えなくなりました♪サウスポーをはじめとする現行の応援団(2014年より活動開始)が使っている応援歌は、私設ではあるものの、中日球団の公募によってつくられた応援団なので、中日球団の意向には事実上従わないといけないため、応援歌を変える(旧応援団の著作権の絡みもあると思う)ことや今回の措置を受け入れざるを得なかったのかなと。

ちなみに、旧が旧応援団のチャンステーマになります。



元歌がピンクレディーの曲という点と高校野球などでよく使われる曲ということで、非常に知られているのもあって、時には他球団のエール交換で歌われることも。今年のオールスターでも確実に使われていたでしょうね。


色々言いたいことはあるけれど、まず言いたいのは、言葉というものは生き物である点時代の流れと共に、昔は使えた言葉がNGになることもあるし、その逆もある。そして意味が変わるケースだってある。
過去にサッカーのギラヴァンツ北九州の当時の応援団が「ぶちくらせ」という言葉を応援に盛り込みたいと言って騒動になり、最終的には応援団の解散にまで追い込まれたことがありました。北九州をはじめとする福岡など九州北部では、「ぶちくらせ」は非常にガラの悪い言葉で、繁華街で使うのをためらうほどの言葉だそうです。ただ、そんな言葉であっても、時代の流れで普通の言葉になっていくこともあったでしょう。北九州の当時の応援団の素行の悪さで、容認してもいいんじゃないかという流れがシャットアウトされてしまって、認められなかったけど、執拗に求めた結果、解散にまで至ったと思っています。少し今回の件とは違うんでしょうけど、敢えて。個人的には普通に使えるように皆が配慮していけば使えるけど、現状は難しいのかな(詳細)。

で、今回の件。
確かに「お前」という言葉は、聞こえ方によってはよろしくない場合もあるけれども、「ぶちくらせ」と違い、一般名詞化している言葉という点を忘れてはいけないのです。日常会話でも侮蔑的な意味合いでなくとも「お前」は使う。そんな言葉に、ただ侮蔑的な部分だけを切り取ってアウトにするのは、言葉狩りの極みだと思うんですわ。
確かに時代の流れで、「お前」もダメになっていく可能性はあるけど、現状は一般名詞化していて、不快に思う人の方が少ないと思うんですわ。そんな状況下でNGを出すのは、ホントにわからない。正直この話を最初に聞いた時、中日球団の成績の悪さに頭に来たファンが八つ当たりで言ってるとか、どこぞの団体が狙い撃ちしたんじゃないかと思っていたのですけど、他ならぬ身内からだもんなぁ・・・。開いた口が塞がらないですわ。


とりあえず自粛ということなので、来年以降歌詞を変えて使えるということなんだろうと信じて、今は耐えるしかないですね。中日ドラゴンズのファンに幸あれ、と地元ながらファンじゃない私でさえ、彼らのメンタルが心配である。


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2019年06月18日

やっぱり3年目だった

今日、FC岐阜は大木武監督の退任を決めました。


このニュースを知ったのは、朝のNHKニュース「おはよう日本」の放送内でローカル枠になる時間帯があるのですがけど、朝7時前のローカル枠で知った次第です(恐らく6時半になる前のローカル枠が第一報になったのではなかろうかと)。しかもトップだったんだよね・・・(苦笑)。もう中日新聞の朝刊にはスポーツ欄で載っていたようですけど、1面しか見ずに会社へ行ってしまったので、それを知ったのは家に帰ってから。


大木監督は2017年から2年半チームを率いてきたんですけど、1年目が17位、2年目が20位想像していたよりも悪い順位で3年目を迎えました。特に2年目は夏から秋に掛けて10連敗という時期があり、晩秋に入るまでなかなか勝ち点が上がらない状況にも陥っていました。それでもフロントは大木監督の続投をお願いしたわけです。
その3年目は、これまでにない補強を行ったというふうで大々的にお披露目をしたものの、4月に入ってから勝てない状況が続き、5月はFC琉球戦で勝って以来、勝ちに見放されている状況(6連敗中)なわけです。


大木監督に関しては、愛憎半ばというふうです。
初めて大木サッカーを見せてくれたレノファ山口FCとの開幕戦(2017年)、パスサッカー・ポゼッションサッカーという新しい形を見せてくれて、華麗なパス回しは岐阜というチームの変わった姿を象徴しているかのようでした。当時J2に落ちてきた名古屋グランパスとも互角に戦い抜き、今年はやれると期待が高まったものです。魅力的なサッカーという点では、大木監督の功績は大きいですし、このサッカーが続けば・・・とも思ったものです。
しかし、現実はそれではダメだったということ。相手に読まれてしまう。そこで一回転ぶと、なかなか立ち直れない2年目まではターンオーバーをせず、使いっ放しの状態が続いてしまった。よく選手がケガしなかったなと思ったものの、2年目・3年目は主力にケガが出て、3年目はそれが相次いでいる状況。にもかかわらず、意固地とも取れる采配・運用で、使ってほしい選手は使われないまま干されるということもありました。岐阜から去っていった選手は、恐らく大木監督にノーと言った人や大木監督の采配・運用に納得がいかなかったのでしょう。結局残ったのは、イエスマンと大木監督を知らない若手(新戦力)だけという有様でしょう。

個人的には下関の試合(これも奇しくも山口戦)がターニングポイントになったのでしょう。選手に対して愚痴が出た珍しいインタビューだったのですけど、このあたりで彼の『独裁』が強まったと思っています。ここから出られなくなった選手が、ほぼほぼ岐阜からいなくなったのですから(そこで残った小野悠斗選手が活躍しているのが何とも皮肉)
正直なところ、2年目で大木監督を切っておくべきだったと思うのです。しかし、私達はペテンに掛けられてしまったと、厳しい言い方をすればできるかもしれません。悪く言えば、『大木信者』になったサポーターが、想像していた以上に多かった。かつフロントまでもが狂信的な信者になってしまっていたということです。あんだけ魅力的で攻撃的なサッカーができるのだから、いずれ花開くに違いない、いずれ強くなる、いずれ勝てる・・・その降り積もった無根拠な『信頼』だけで、彼は生き残れたのです。ジェフユナイテッド千葉・市原を解任されたファン・エスナイデル元監督の時のように、サポーターが強硬に反対を言わなければならなかったのです(実際はフロントが押し切って3年目も監督になったものの、水戸ホーリーホック戦後に解任)

面白いサッカーを見せてくれたことには感謝しています。ご自身が苦しい状況の中で采配をしてくれたことにも痛み入る部分があります。しかし、選手がやりたいこと・やっていきたいことを無視し、自身の理想ばかり追い掛けて現実を顧みなかったという事態には大変遺憾であり、チームの窮地を招いたことに関して早い段階で責任を取ってほしかったと思います。


この時期の交代は、遅きに失したとなりかねない状況。新しい監督次第ではそう思っておりました。で、決まった新しい監督が・・・というところで、そのあたりの話は、次回に書いていきましょう。


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2019年05月17日

遂に大手コンビニが本格的に『見切り』発車

コンビニは24時間営業とそれに伴う経営者を圧迫する運営方法や本部有利な店舗展開、そして食品ロスが大きな問題になっています。地域によっては人手不足というのもあり、コンビニ運営は時に非常にリスキーな商売になってしまっていないかと心配になってくるほどです。

そんな中、やっと本部側が重い腰を上げてくれました24時間営業の見直しもさることながら、今回は食品ロスの減少に向けての一歩を踏み出しました


ローソンでは、「Another Choice」という食品ロス削減プロジェクトを開始すると発表しました。
このプロジェクトは、ローソンの日配で行われる3便ないしは4便のうち、朝便と昼便の商品が対象で、出荷された対象商品にはシールが貼られるとのこと。Ponta会員およびdポイントカード会員が夕方(16時)以降に対象商品を購入すると、対象商品の合計金額(税別)に対して100円につき5ポイントが翌月末に合算で付与されます。なお、この「Another Choice」で得た売り上げの5%は子育て支援団体に寄付されるそうです。
このプロジェクトは、まず愛媛県と沖縄県のローソンで6月から開始され、8月末まで行われます。その結果を踏まえて全国展開するかどうかを決めるとのこと。既に一部の店舗では見切り販売も容認されているので、さらに上乗せというふうになるのでしょうけど、このプロジェクトが始まった時、もしくは全国展開された時、見切り販売がどうなるかにも注目が集まりそうです。

一方で、一時見切り販売を容認していなかった(その後独占禁止法違反で是正勧告は出て、本部から消費期限1時間前の商品に限り見切り販売の指標は出たものの、相変わらず容認されにくい状況らしい)セブンイレブンでも食品ロス削減への動きを見せています
セブンイレブンでは、お弁当・惣菜・パン・麺類など約500品目(消費期限が数時間~数日先のもの)を対象に、消費期限が4・5時間前になった際には、5%のポイント還元を行うそうです。この負担金は本部持ちになり、5%ポイント還元にはnanacoが必要になるとのこと。サービス開始は今年の秋からで、全国2万店舗が対象になります。


この手のサービスを開始すると、乞食速報キター(それを狙ってしか買わないという意味)とかポイント保持者しか対象にならないとかやっかみや難癖などを付けてくる人がいるんでしょうけど、何を言われようとも食品ロス削減の一歩になってくれればいいし、これで少しでも経営者に利益が還元できれば、手持ちのお金(短期的な利益)でも、長い目で見ればそのお店が長く続く可能性を秘めるわけです。もし何かあった時には、重要な地域インフラになるのは、東日本大震災や北海道胆振東部地震などで立証されています
個人的には、定価で買うかどうか迷った商品が安売りの対象になっていれば、お試しの意味で買おうというふうになるかもしれないなと。購買意欲を高めるという意味でも見切りは上手くやれば、いい宣伝にもなるのだと思います。


一生懸命私達のためにやっている街のコンビニを少しでも手助けできれば・・・と思っていたので、この見切り販売は積極的に利用したいと思います。将来的には、経営者によって自由な価格設定ができるようになって、いい意味でコンビニの競争力が上がってくれれば、店は大変でも利益を上げるために知恵を絞って、よりよくなってくるのではないかなと思っています。ともすれば、本部の売り上げも安定するかもしれないですよ。


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2019年05月15日

国益に溺れ、国益に足をすくわれる

衆議院議員の丸山穂高さんが所属していた日本維新の会を除名される事態になりました。


事の発端は、5/11に北方領土の国後島をビザなし交流で訪れたこと。訪問団の一員(元々北方担当だった経緯を買われての訪問団入りだったのだと思う)として訪れたのですが、ゲストハウスで飲酒を薦められて泥酔してしまい、記者団と元島民の団長との対話中に割って入って、戦争で取り返すのは賛成かと詰め寄ってきたこと、かつ戦争で島を取り返すしかないという主旨の発言を繰り返し、団長などから抗議を受けることになりました。
当初は日本維新の会の松井一郎代表も厳重注意での処分(その後本人が謝罪することで解決)を検討したものの、与野党問わずに国後島での彼の発言を問題視し、厳罰を求めたため、松井代表も除名処分に動いたという流れです。
今回の騒動で丸山議員は離党届を出して幕引きを図ろうとしたのですが、厳重注意で動いていた松井代表も先述のこともあって、除名処分に『せざるを得なかった』と見ることもできるでしょうね。真相がわかって除名処分に『しなければならない』だったらいいのですが・・・。


元々丸山議員という方は、素行が悪いことで一度党内で注意を受けていたそうです。こちらも飲酒絡みで、一般の人と口論になって相手の手を噛んだという顛末その時に断酒すると宣言していたのにもかかわらず、再選されたことでうやむやになり、今に至ってしまったのだとすると、何とも情けない。


まぁ、丸山議員の今回の発言は言語道断でしょうね。もう1回日本史と世界史を勉強し直せと言いたいです。
そもそも北方四島は日本固有の領土と定められており、過去日露間の条約(1855年の日露和親条約以降)で一貫して日本領として認められています。しかし、第2次世界大戦終了直後にソ連軍が侵攻して以降ソ連の下で不法統治され、現在もロシアの不法な管理下に置かれている状態なのです。それでも何とか返還してもらえないかと交渉している段階なのです。武力で取ったことは許せなくとも、そこは水に流して、最善の方法で解決できるよう日本は動いているのです。


恐らく、丸山議員の発言は、戦後の混乱期に乗じて旧ソ連軍が侵攻して占領したことをふまえて、仮にロシアが何らかの状況で混乱した時に日本も同じことをすればいいのかどうかを聞きたかったのでしょう。だとしても、いかなる理由であれ、力で物事を動かすのは世論が許しませんし、文明国のやることではないです。
武力で取り返せば、相手の国も黙っていません。血で血を洗う争いになり、大きな犠牲と代償を払うことになるでしょう。そもそも取り返すという言い方は、相手の国の施政権を認めてしまう事態にもなりかねません。


今後相手への不信感を取り去ることも重要ですが、何より元島民へのケア、そして『取り返す対象』にされてしまった現在の島民(ロシア人)に対する方針(つまりは、そこに住む現在の島民にとって、自分達の住んでいるところが日本の領土になっても、日本に住む国民として最大限の保証を与えること)も出さなければならないでしょう。さらに、北方四島の現状を今一度歴史で教えるようにしないと、また今回のような事態が生まれかねません対話による解決の重要性とそこに住む人達との相互理解の重要性を今こそ強く説くべきです。


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2019年05月10日

平成最後の東北に向かう⑨ 盛駅に向かうまで

SHV39_4950釜石駅から盛駅行きの列車に乗って、いよいよ三陸鉄道リアス線での旅もクライマックスになりました。
旧南リアス線の駅数は10個。リアス線そのものがリアス式海岸の影響でトンネルが多く、旧南リアス線も例外ではないのですが、このような絶景も見られます。これは旧北リアス線・旧JR山田線でも同様。じゃあ何でそんな写真が無いのかって?先頭の方に乗ると車窓が見られないんだよ・・・。次回は車窓の眺められる場所にしよう。先頭は、座席が無いかつ座席の場所からだと見辛いのよね。たぶん盛駅から北上だと見やすいのかもしれないが。



SHV39_4951そんな中で、途中の恋し浜駅で、列車はしばらく停車してくれます
最初の写真は、駅舎から見た景色。遠くに海が見えます。
恋し浜駅は、ホタテの養殖で有名で、駅名もブランド名から採っています



SHV39_4952駅名票の隣にある「幸せの鐘」。こちらには、先程のホタテ「恋し浜」・きらめく星・翼を持つ天使が彫られたステンレス製の透かし彫りがあります。鐘は実際に鳴らせるので、ガキンチョがガンガン鳴らしていたのが印象的。
この駅には、「ホタテ貝の絵馬掛け」の飾られた待合室もあり、恋愛成就の意味もあるのだそうな。
東日本大震災の時には、高台にあったことが幸いし、駅ホームなど駅舎は無事だったものの、周辺の路盤流出に伴って運休を余儀なくされました(運転再開は2014年)



SHV39_4953そして、釜石駅からおよそ50分、旧南リアス線の起終点、かつ三陸鉄道リアス線の起終点である盛駅に到着しました。私の場合、始発列車から途中下車・乗車しながらだったので、足掛け10時間ほどになりました

車窓から見えるその先は、セメント企業の関係路線とBRT(バス・ラピッド・トランジット)のバス
この先のJR大船渡線は気仙沼駅までの区間が現在運休中で、BRTによる代行区間になっています。三陸鉄道が、この先、つまり気仙沼駅まで路線を復活させるのかは不明です。仮にそれを実行すると、敷設費用にかなりの金額をつぎ込むことになり、大変なことになるでしょう。個人的には、陸前高田市くらいまでは伸ばしてほしいと思いますが、並大抵のことでは難しいでしょうね。また気仙沼駅は宮城県にあるので、岩手県の三陸鉄道が、そこまでやるかとも思っています。ただ、その先には岩手県一関市があるんですよね・・・。



さぁ、ここまで無事に着けた。この日の夜にバスの予約を入れているので、どうしても仙台までは行かないといけないBRTから気仙沼まで行ってそこからJRと新幹線を乗り継いで仙台まで行くか、高速バスで一気に仙台まで行くか。できるだけ早く帰れるなら・・・ということで、盛駅から少し歩いたところにある高速バスのバス停に。


次回は、そこから話していきます。何せ驚きの顛末になったのですから。


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2019年05月09日

平成最後の東北に向かう⑧ 釜石駅にて

鵜住居駅からおよそ15分。旧JR山田線の起終点だった釜石駅に到着。今回乗った列車は、この駅止まりなので、次の列車が来るまで約20分待つことになります。次の列車が来る少し前にならないと乗れないので、しばらくは駅前を散策しましょうか。


SHV39_4949まずは釜石駅前にあるラグビーのモニュメント。正式名称があり、「巨大なラグビーボールと猫選手」というのだそうな。
こちらは、三陸鉄道リアス線全通(一本化)を記念して、「三陸鉄道を勝手に応援する会」より送られたものです。



SHV39_4941釜石市といえば、前にラグビーの街という側面を鵜住居駅で見せていましたけど、もう一つの顔として、鉄の街があります。

江戸時代末期から西洋式の製鉄業が勃興され、明治時代に日本で一番古い官営の製鉄所が開業します。この製鉄所は後に民営化(払い下げ)され、現在の日本製鉄(旧新日鉄住金)釜石製鉄所に繋がっていきます
ただ、平成に入ってから製鉄業は行われておらず、線材と呼ばれる鉄製品の製造をメインに行っていますこの製鉄所も東日本大震災で一部が被災しています。



SHV39_4947その近代製鉄の父となったのが、大島高任(たかとう)です。



SHV39_4944その像の横に建てられたのが、鉄のモニュメントと呼ばれるもの。近代製鉄150周年となった2007年の12月1日(鉄の記念日)に設置されました。上部には日本製鉄釜石製鉄所で燃えていて保存されていた高炉の火の一部を分けてもらって灯されています。その灯も東日本大震災で消えてしまったものの、その年の鉄の記念日に再点灯されました。



SHV39_4945ここには井上ひさしさんが作詞した曲のモニュメントもあります。幼少の頃に釜石市に住んでいたことがあるからだそうです。
左が♪釜石小学校校歌、右は♪ひょっこりひょうたん島。そういえば、作中のモデルは吉里吉里だという話を聞いたことがあるなぁ・・・。吉里吉里という地名の出てくる作品もあるし。結構縁が深いわなぁ。



SHV39_4942こちらは、復興の鐘全国から資金(うちわを売って得た利益)を集めてできたものです。
青銅製の鐘には、鎮魂・復興・記憶・希望の文字が四方にあります。



そうこうしているうちに、改札が開いた。私は切符を持っていたので早かったのですけど、一部の人は切符を買ってからだと思うので、大変だったろうなぁ・・・。

旧南リアス線の起終点にもなる釜石駅は、5つあるホームの1つのみ。他は基本的にJRのホームになるのですが、直通運行がなされた今、JRのホームも三陸鉄道として使っております


さぁ、盛駅行きの列車がやって来た。それに乗っていよいよ本当に盛駅に向かいます。


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2019年05月07日

ファンだとしてもやっていかん、店も対策練らないかん

超大型連休だった4/29に、愛知県北名古屋市にあるスーパーマーケットのゲームコーナーで、「太鼓の達人」の太鼓部分(コンシューマー版の感覚で言えば、タタコン)が盗まれるという事件がありました。結構大胆な手口で、周りを警戒しながら、1人はプレイし、もう1人が取り外せるかの確認をしながら外す作業を行い、人気が無いことを確認すると、2人掛かりで持ち去るというものでした。さすがに防犯カメラにバッチリ映っていたし、全国ニュースにもなったので、近々犯人は捕まるだろうと思っていました。

そうしたら、3人の高校生が5/3から5/4に掛けて警察に出頭(自首)してきたそうで、近々書類送検されるそうです。あれ3人でやってたのか!さすがに驚きましたね・・・。
警察で取り調べを受けた際、「太鼓の達人」が好きで盗んだという主旨の供述をしていたそうです。ちなみに、太鼓部分(タタコン)は店側に返却され、壊れた箇所などは無かったとのことです。


しかし、こんなもの盗んでどうすんだと思ってたら、2つの理由があるのだそうな。

1つは、遊ぶため
いわゆるアーケードでの臨場感が家でも欲しいという理由で盗んで設置するのだそうな。そう簡単に設置できるとは思えないけど、簡単な知識があればできるんでしょうね。昔に比べたらアーケードゲームの接続は難しくないでしょうし。もっと知識があれば、コンシューマー用に改造する輩もいることでしょう。まぁ、アーケードの筐体なんてべらぼうな価格するから、よほどのブルジョワジーじゃないとできんわ。なお、今回の犯人は、こちら側のようで。
もう1つは、転売目的
先程のような輩が多いということでから、(ネットオークションなどで)売れば一儲けできるんじゃないかという人達によって盗まれる事件は後を絶たなかったようです。いくらで売れるのかはわかりませんが、結構高額なんでしょうね。あんな労力を掛けているんですから。


いずれにしても戻ってきてよかったです。店側が返却されたことで被害届を取り下げて、犯人の高校生3人に『恩赦』するのかはわかりませんが、犯人の高校生3人は、しでかしたことに対してきちんと反省してほしいですね。


同様の事件が起こっているということなので、今後「太鼓の達人」を設置している店では防犯対策を施さないといけないでしょう。プラグが外れると防犯ブザーが鳴る仕組みを組み込むとか、防犯カメラを増設するとかなど。お金が掛かることばかりですけど、背に腹は代えられないでしょう。機器1つ盗まれるだけで、下手したら何ヶ月分のインカム(お客がプレイした際の収益)を持って行かれますから・・・。死活問題ですわ。


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平成最後の東北に向かう⑥ 鵜住居駅にて 前編

SHV39_4906田老駅からおよそ1時間50分。随分長いこと揺られたり待たされたりした中、鵜住居駅で途中下車
旧JR山田線の駅の一つで、今回旧JR山田線で唯一下車した駅です。
島式の2面ホームで、踏切を渡って外へないしはホーム内に入ります。



SHV39_4939待合室はとても華やかに仕上がっており、愛称である「トライステーション」の文字が。

三陸鉄道リアス線は全てに愛称が付いており、今回立ち寄った駅では、十府ヶ浦海岸駅には「はまなす香る砂浜」、島越駅には「カルボナード」(宮沢賢治の童話「グスコーブドリの伝記」に出てくる舞台の一つであるカルボナード火山島から)、田老駅には「銀色のしぶき」、宮古駅には「リアスの港」という愛称があります。



SHV39_4999しかし、ここで困ったことが。
降りたのはいいけど、ここで降りるとおよそ2時間半の待ちになってしまう(黄色く囲ったところが、鵜住居駅の時刻表の一部。赤字が今回乗ってきた列車の発車時刻、青字は次に乗りたい列車の発車時刻)。見に行くところはたかが知れているし、さすがにこんなに時間は潰せまい・・・と、この時ばかりは思っておりました。



SHV39_4918とりあえず、見に行きたいところに行こう。


最初は、釜石祈りのパークというところ。まだまだ整備中の様相を呈していますが、東日本大震災の日である3/11(2019年)に開園しています。
貼り紙が貼ってありますけど、あれは落とし物の案内。



SHV39_4910入ってすぐのところにあるのは、この鵜住居地区で犠牲になった人達の慰霊碑
ものすごく多くの方が亡くなった、あるいは行方不明になっていますが、この理由は後程。



SHV39_4911少し上がったところには、釜石市の防災市民憲章が掲げられています。
これは、「備える」・「逃げる」・「戻らない」・「語り継ぐ」からなっており、東日本大震災の時に味わった問題点を洗い出して作られた、いわば教訓のようなものです。避難訓練の大切さ・安全な場所へ早く逃げることの重要性・戻らないかつ戻らせない決断力・災害から学んだ生き抜く知恵を後世に伝えることを解いています。



SHV39_4917そこまで徹底しているのは、ここが鵜住居地区の防災センターのあった場所だからです。
自然災害から守るために設置されたこの防災センターでしたが、地震の時の避難設備として整備されたわけではなく、あくまで災害時の対策本部としての役割しか持っていなかったと言われています。ところが、普段から避難訓練の避難先としてこの場所が選ばれ、かつ『防災』という名称も仇になり、実際東日本大震災の時も大勢の住民がこの場所に避難してきました
そして、地震発生後に起こった大津波によって建物のほとんどが水をかぶる形になり、わずかな隙間に息も絶え絶えで浮かんでいた人達も、掴むものが無かったり体力の限界、水が引いても衛生面や低体温症などで命を落としていったと言われています。何ともやるせない話です。



SHV39_4920そしてこちらが、いのちつなぐ未来館という東日本大震災の被害を後世に伝える施設
先程の話は、この中で詳細が語られています。内容を見るだけで、何とも私達は名前だけで安全だと思ってしまったのかと嘆いてしまうほどです。この場所へ逃げた人には罪はないですが、慢心で亡くなっていったのだと思うと、やはり心の中で何か引っ掛かってしまうのよ。



SHV39_4921ここには、近くにある釜石東中学校の生徒が作った課題が展示されています。



SHV39_4923この鵜住居で忘れてはならないのは、津波てんでんこの伝承を守り、自主的に高いところへ避難した「釜石の奇跡」と呼ばれる行動です。




SHV39_4924これは、東日本大震災が発生した際、津波が来る可能性を予見し、高いところへ逃げることを決めたものの、その避難先も危険だということで、さらに高いところへ逃げたという話です。その際には、鵜住居小学校・釜石東中学校、そして鵜住居保育園と近所の方々や教員達が力を合わせて助け合いながら高台へ逃げるという連携も取れていたそうです。
当時の子供達は、奇跡でも何でもなく、当たり前のことをやっただけ、普段訓練で行ったことをやっただけと述べており、釜石市自体も奇跡ではないと認識しています。ただ、普段から防災を意識し、訓練を積み重ねることの重要性という点、そして自主的に行動するという点では、この出来事は非常に重要だと思います。



SHV39_4908ちなみに、まだ駅前広場は建設の真っ只中。
隣には釜石市民体育館が完成する予定です。この規模から考えるに、B3リーグに所属している岩手ビッグブルズの試合会場一つになるんじゃなかろうかと。
そういえば、J3のいわてグルージャ盛岡もこの岩手ビッグブルズもあまり宣伝が無かったなぁ・・・。
盛岡は旧ロゴの自販機を久慈駅で、岩手ビッグブルズも久慈駅でのぼりを見ただけだったわ・・・。岩手県は本州一広い県とはいえ頑張って宣伝しないと。



この後も、鵜住居駅で見に行くところがある。新聞で見て行っておこうと思ったんですよねぇ。次回はそこを見てきます。そして、お腹空いたんでメシ食います。


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2019年05月06日

平成最後の東北に向かう⑤ 田老駅と宮古駅にて

島越(しまのこし)駅からおよそ25分、田老駅で途中下車今回の旅の中で一番行きたかった場所が、この田老地区だったんですね。


SHV39_4902田老駅から少し歩くと、ソーラーパネルの一群が。
恐らくこのあたりの電力を賄うためのものだと思われます。近くの建物には、「みなさま復興ありがとう」の一言が。



SHV39_4901そこからさらに歩くと、今回見たかった田老の防波堤のほぼ全容が見られます

田老地区は昔から「津波太郎」と呼ばれるほど津波の多かったところで、江戸時代には村が壊滅した、明治時代の明治三陸地震の津波でも壊滅した記録が残っています(その後、集団移転の話が持ち上がったものの、最終的には津波の危険が残る今の場所で再建された)
昭和三陸地震の津波後、堤防の建設が要望として出され、戦前に着工。戦争中の中断を経て、25年掛けて海面から10mの高さがある大防波堤が完成。その後着工から半世紀掛けてX字型の大防波堤を完成させます。
この防波堤は1960年のチリ沖地震の津波を防いだ(実際は3.5mほどで堤防には達しなかったものの、堤防によって損害が軽微になったと喧伝された)ことで有名になり、国内外から視察が相次いだ時期がありました。
この出来事を機に、防災の町としての意識が高まり、平成の大合併で宮古市の一部になっても継続されました。
ところが、東日本大震災では、この堤防を越える津波が襲来し、田老地区には甚大な被害が発生200人近い死者・行方不明者が出るに至ります。住民の防災意識は、かえってこの防波堤があることで過信してしまったのではないかと言われています。
漁師町という地域柄、高台への集団移転を拒んだ住民も、東日本大震災以降は集団移転を受け入れ、現在の田老地区には高台にあった家屋を除いてほとんどありません。
なお、大堤防は現在修復再建中です。取り壊そうという動きもあったそうですが、この堤防でさらに酷くなるはずだった被害を抑えることができたという評価が挙がったためです。



SHV39_4891その津波の高さを示すものが、あちこちに残っていました。
この神社は、恐らく再建されたんでしょうね。



SHV39_4900ここは、逆に高台にあったことで被災を免れたことがよくわかります。



SHV39_4893駅から歩いておよそ10分ほど。見えてきたのが、田老市営野球場宮古市が管理する野球場です。
ネスレのキットカットと三陸鉄道とのコラボで2016年に再建されました。そのため、キット、サクラサク野球場という通称が付いています
両翼92m、中堅120mとプロ仕様の野球場ですが、照明設備やスタンドの問題で、さすがにプロ野球は開催できない。



SHV39_4892右翼側には巨大なフェンスが設置されていますが、赤矢印の部分には、津波の高さを示す看板が設置されています。津波の高さは、このフェンスから見たら低いですけど、平屋の家は飲み込める高さではあります。



SHV39_4898田老市営野球場から道の駅たろうを経由して歩くこと10分位(田老駅からおよそ20分位)ですか。今回もう一つの最大の目的地であるたろう観光ホテルにやって来ました。
とはいっても、現在は営業はしておりませんホテルそのものも、渚亭 たろう庵という名称で高台に移転して再開しています。
こちらは、在りし日の姿を収めた説明書き。



SHV39_4896こちらが、現在の姿。

たろう観光ホテルは、1986年に完成した建物で、東日本大震災の時には2階までが壊滅的な被害を受けたものの、基礎と3階より上の部分の損害は軽微(津波で4階まで浸水)で、避難施設としての機能を果たしました
残すか取り壊すかの議論が起こる中で、所有者だったホテルは保存を選択し、2013年に国からの補助を受け、保存に向けての活動も行われました。その後、震災遺構第1号となり、所有者も宮古市に移って、学ぶ防災として生かされています
予約制だったので、今回は行けなかったのですが、6階部分に上がって当時の津波の惨状を記録した動画を見ることもできます



SHV39_4897その1階・2階部分。先程話した通り、壊滅的な被害を受けています。



SHV39_4894こちらは、1級登記基準点たろう観光ホテルの前にあります。
東日本大震災により南東に2.18m移動し、0.31m沈下しています。移動する前の地点も併せて設置されており、地震の脅威が伝わってくる場所でもあります。



現在この地域には新駅が建築される予定が挙がっています。新田老駅という新駅の開業によって、野球場や道の駅、さらにたろう観光ホテルへ向かうのにも便利になることでしょう。私自身も、まだいろいろと回りたいところがあったのですが、1時間20分あったのに全然時間が足りない・・・


SHV39_4905田老駅からおよそ20分。旧北リアス線の起終点である宮古駅に着きました。
今回乗っている列車は盛駅までの直行列車なので、この駅で15分停車します。
ここから旧JR山田線に入ります。最も被害が甚大で、最も復旧に困難を極めた路線でもあります。



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平成最後の東北に向かう④ 島越駅にて

SHV39_4873十府ヶ浦海岸駅からおよそ50分、今度は島越(しまのこし)駅で途中下車島越駅は、三陸鉄道の被害(旧JR山田線区間を除く)の中で最も酷かった区間にあり、再建までおよそ3年掛かっています

写真は2014年に再建された駅舎(正式オープンは2015年)。初代の面影を残したものになっております。この建物は、クウェートとクラブツーリズムの援助によって再建されています。
駅周辺は震災後にかさ上げされた地域になっています。



SHV39_4887駅舎の中には展示室があり、震災の模様とその復興の展示、そして在りし日の島越周辺の模型が飾られていました。



SHV39_4874この駅から歩いて数分のところにあるのが、島越ふれあい公園
ここは旧駅のあった駅前広場にあたる部分でした。かさ上げ工事と共に整備された公園です。



SHV39_4875公園名標の横には、これまた在りし日の島越の写真が掲載されています。
かつて島越地区は海水浴場が設けられるほどの大きな海岸がありましたが、東日本大震災で流出し、その後河口に設置される水門の工事のため利用できなくなっています



SHV39_4876ここには、明治・昭和・平成に襲った大地震によって発生した津波で犠牲になった人達を弔う追悼記念碑があります。
右が「明治・昭和大津波追悼記念碑」、左が「東日本大震災津波記念碑」になります。
ちなみに、東日本大震災の際、島越地区の震度は4だったそうですが、その後に襲った津波が17.9mだったそうです。津波による被害がいかに甚大だったかがわかる話です。



SHV39_4878その隣には、旧島越駅の階段が残されています
東日本大震災の津波に駅舎などが壊滅した中でも奇跡的に残った、震災遺構の一つです。



SHV39_4879そのさらに隣には、宮沢賢治の詩碑(「発動機船 二」)が残されています。こちらも震災遺構の一つで、旧島越駅の階段と同様に奇跡的に残ったものです。



SHV39_4884この公園には、「津波高表示塔」というモニュメントのようなものがあります。
先程17.9mの津波が襲い掛かって来たと書きましたけど、イマイチピンと来ないと思った方もいたことでしょう。しかし、このモニュメントを見れば、いかに津波が大きかったのかが一目瞭然です。しかも、このモニュメントの先端が鉄道のかさ上げした部分からでも見えるのです。いかに東日本大震災の津波が大きかったのかが本当にわかります。



島越駅の駅前はある程度再建が進んでいるものの、まだ河口の水門や堤防など一部で工事が残っています。本格的な再建はまだまだ先の話になってしまっているのかなと感じました。


およそ1時間の待ち時間も、なぜか短く感じられるほどあっという間に。本当に駅周辺を見ただけなのに、駅舎の売店で温かい飲み物ないかなとか探していた(結局無かった)だけだったのに・・・。

それでも少し遅れながらも列車はやって来る。これに乗って先に進みます。


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Posted by alexey_calvanov at 22:45Comments(0)

2019年05月05日

平成最後の東北に向かう③ 十府ヶ浦海岸駅にて

SHV39_4855久慈駅を出発して20分ほど、久慈駅から数えて3駅目の十府ヶ浦海岸駅で途中下車
写真はその前の車窓の景色。見てわかる通り、海の波間が見えないほどの大きな防波堤が築かれていました。それだけ大きな津波が襲い掛かってきたということでしょう。



十府ヶ浦海岸駅は2019年5月現在、三陸鉄道の中で最も新しい駅になります。しかし、過去にも臨時ながらも駅として設けられた時期(1986年~1992年の夏季および1997年のイベント時)があります。それでも設置に至ったきっかけは、震災後に宅地ができたことによるもの。ホーム1面と小さな待合室しかない駅ですが、付近住民にとっては、とても重要な駅なのです。


SHV39_4862この駅と線路に沿って大きな公園が整備されています。十府ヶ浦公園という津波防災緑地です。
大きく5つに分けられ、海浜運動広場・野鳥のもり・多目的運動広場・のんちゃんパーク・環境保全広場となります。なお、ここで挙がっているのんちゃんとは、野田村のマスコットキャラです。
また、津波防災緑地になっている通り、ここは東日本大震災を忘れず、この地には住宅を建設しないという意味も込められています
この掲示板の横には、東日本大震災時の推測津波浸水位が付いているのですけれども、およそ私の腰かそれより少し上の辺りまで来ていましたね。1m弱というところでしょうか。



SHV39_4861この公園には、ほたてんぼうだいという海などの景勝地を一望できる施設があります。
丁度国道45号の道すがらにあるので、休憩地としてもいいかなとも。もっとも、道の駅が北にもう少し走ればあるそうですけど・・・。



SHV39_4859こちらが、十府ヶ浦(海岸)小豆色の砂なので、小豆浜とも呼ばれています。リアス式海岸の続く三陸の海の中でも珍しく立派な海岸線になっています。
こちらが三陸復興国立公園(旧陸中海岸国立公園)の一部になるのですけど、東日本大震災の津波によって砂浜が大きく削られてしまいました



SHV39_4856十府ヶ浦の地名が書かれた碑もこのように根こそぎ津波で持って行かれております(実際は上部分を切り取って残したものらしい)。



SHV39_4857近くにあった綿津海神社も跡形も無くなっています。



SHV39_4866実は、津波の脅威は東日本大震災の時だけではなかったのです。
こちらは、昭和三陸地震の際の津波を忘れないように碑にした「津浪記念碑」。先程紹介した綿津海神社にあったのですが、津波で倒され、後に高台に移築されました。



SHV39_4865そのそばには、「東日本大震災 大津波記念碑」が置かれています。
3枚の石板は扉のように海に向かって開いており、3つの防波堤(海岸の防波堤・三陸鉄道や国道45号・十府ヶ浦公園の盛り土)を表しています。また全体では海に対する畏敬の念・追悼の場・ふるさと・未来も表しています



SHV39_4870駅のそばには、「震災遺構 米田歩道橋」があります。
元々米田川という川を渡るための歩道橋だったのですが、東日本大震災の津波で大きく破壊されたその時の残骸です。後に水門は河口そば(防波堤に組み込まれる形)に再建されました。
津波の破壊力を思い知らされ、恐らく触ることもできる数少ない施設になるかと。



次の列車が来るまで40分ほど待つことになっていたのですが、その40分はあっという間に過ぎていきました。それだけ見どころの多い場所だと思います。絶景を眺めているだけでも時間は大きく過ぎていくことでしょう。
震災を知るだけでなく、三陸の美しい風景を見るために訪れてもいいでしょう。かなり寒い(実際この日も寒かった)ところですけど、初日の出を見るのにもいいでしょうね。


次に来た列車に乗って、今度は島越駅に向かいます。


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Posted by alexey_calvanov at 23:58Comments(0)

2019年03月14日

ピエール瀧の逮捕で、今度は声の主演を替えられた

ピエール瀧容疑者逮捕の一件で、ゲーム関係では、昨日「JUDGE EYES(ジャッジアイズ):死神の遺言」での出演がきっかけで販売自粛に追い込まれました。
そして、今日「キングダムハーツⅢ」でもピエール瀧容疑者出演の影響で対応に迫られることになりました。この作品では、作中に出てくる「アナと雪の女王」のオラフというキャラがいるのですけど、その声をピエール瀧容疑者が務めていました。そのため、今後のアップデートで声の差し替えを行うことを発表したのです。
いつ行うのかや代役が誰になるのかの発表はまだ行われていないのですけど、このリリースが出たということは、結構近々行いますよという意味なのではないのでしょうか。


前にも言いましたけど、社会的責任が大きい(償いという意味)ので、自粛や変更は仕方ないと思います。作品に罪が無いのは事実。ただ、悪いことをした人が出ているのをどう説明するのか、作品に罪が無いと言っている人や自粛ばかりで怖いとか申している方々に聞きたい。私は、今回の一件に関しては、その会社の判断を基本的に尊重します。
一方で、関西電気保安協会のように、石野卓球さんが絡んでいるだけ、つまりピエール瀧容疑者が絡んでいないのに自粛を迫られる動きに異議を唱えて、今後もそのまま展開しますという流れも悪いことではないと思っています。確かに電気グルーヴは2人でもっているところはあります。ただ、今回は石野さんだけの取り組みそこまでシビアにならなくともとは思うのです。悪いのは、ピエール瀧容疑者だけという線引きはすべきだと思います。ゆえに、ピエール瀧容疑者の絡んだものは自粛なり代役を立てて替えるなりなどすればいいわけです。
だからこそ、石野さんだけが出演するイベントまで自粛しなければならないのは、少々おかしいとも。報道陣が殺到するなら、関係者は来ないでほしいと呼び掛けるとか、イベント終了後のみ別所で行いますとか対処すればいいわけで。『だとよ』の三言は大人げない言い方で本来はよろしくはないのですが、本人の意図しない形で中止を決められてしまったのではないかという邪推もできるわけです。


いずれにしても、相方にまで迷惑を掛けたことを、ピエール瀧容疑者は重々反省してほしいです。


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Posted by alexey_calvanov at 23:01Comments(0)