2021年03月22日

ドラクエウォーク、パリーグとコラボする

Android・iOSで配信中の「ドラゴンクエストウォーク」。現在は「ドラゴンクエストⅦ」とのコラボイベントが開催中です。
そんな「ドラゴンクエストウォーク」が、パリーグ6球団とのコラボイベントを開催することが発表されました。唐突なコラボ発表にちょっとびっくりですわ(苦笑)。
各球団1試合ずつが対象になっており、5月~6月と長丁場になっています。丁度交流戦にも掛かるのね。

そのスケジュールはというと・・・、


5/8 千葉ロッテマリーンズ×オリックス・バファローズ(ZOZOマリンスタジアム)
5/16 オリックス×埼玉西武ライオンズ(京セラドーム大阪)
5/30 福岡ソフトバンクホークス×読売ジャイアンツ(PayPayドーム)
6/12 西武×中日ドラゴンズ(メットライフドーム)
6/13 北海道日本ハムファイターズ×横浜DeNAベイスターズ(札幌ドーム)
6/27 東北楽天ゴールデンイーグルス×ソフトバンク(楽天生命パーク宮城)



となります。


このコラボイベントでモンスターが各球団の臨時マスコット的な存在になり、以下の通りになります。


ソフトバンク:じごくのよろい
ロッテ:ミニデーモン
西武:キングレオ
楽天:ゴーレム
日本ハム:スライムナイト
オリックス:ヘルバトラー



その他スラミチを軸にしたコラボグッズも販売予定とのことなので、今後の情報に期待したいところです。


もうすぐプロ野球が開幕する中で、この話題が出てくるとは正直思いませんでした。まだまだコロナ禍の影響を受ける中での開催になりますが、盛り上がりの一助になることを期待しております。


人気ブログランキングへ ブログランキング・にほんブログ村へ  

Posted by alexey_calvanov at 22:32Comments(0)

2020年02月11日

月見草は枯れることは無い

今日、野村克也さんが亡くなったそうです。3年前に奥さんの野村沙知代さんを亡くしており、その時の意気消沈ぶりを見て大丈夫かな・・・と思っていたら、思っていた以上に元気だったので、これで大丈夫かなと思っていました。そうしたら、いきなりの訃報。テロップを見た時驚いたものです。


野村さんは京都府京丹後市生まれ。一家は貧しく、かつ病弱だった母親を助けるため、幼い頃からアルバイトをして生計を立てて生活したほど。高校も兄の援助(大学受験を断念したお金を工面した)で通ったほどでした。その貧しい生活から脱却するために、歌手になろうと中学時代はコーラス部に入部したり、俳優になろうと映画館通いもしていたものの、やがて当時プロ野球を騒がせていた川上哲治さんや大下弘さんなどにあこがれ、野球の道に進みます
野球選手としてのセンスはあったものの、通った高校は甲子園に進むことは無い弱小校だったため、高校卒業前に当時の部の顧問がプロ球団に推薦状を書いて送ったほど。その中で、南海ホークス(現在の福岡ソフトバンクホークス)から返事が来て、テスト生として入団したものの、南海としては練習相手(ブルペンキャッチャー(いわゆるカベ))としての獲得だったと言います。1954年のことです。

しかし、そこで必死に練習した野村さんは、やがてキャッチャーとして頭角を現します打撃面でも不振に陥った時、ファンからもらったテッド・ウィリアムスの著書をきっかけに打撃開眼しています。1965年には戦後初の三冠王にもなり、守備だけでなく打撃でも南海の中心選手になっていきます。
野村さんが入団当時から黄金時代に差し掛かろうとしていた南海でしたけど、野村さんが入団して主力になってから、さらに輝きを増し、南海在籍時代は7回の優勝(うち日本一2回)を果たしています。しかし、この時の人気も実力も巨人一強だった時代。いわゆるON(王・長嶋両氏のこと)の人気に消されるように、出した記録はことごとく彼らに奪われていきます。また「黒い霧事件」という八百長事件の影響もあって、パリーグの人気は地に落ちており、野村さんの活躍があっても誰も見向きもされないこともあったそうです。
それでも、野村さんは後に主流になるデータ野球の理論を確立し、当時は高価だった8ミリのビデオカメラを使って相手を研究し、相手のクセを盗むということを仲間達と一緒に行っていたそうです。また投手がランナーを背負った際、キャッチャーに素早く投げる投法であるクイックモーションを生み出したのも野村さんと言われています(当時盗塁王を毎年獲っていた福本豊さん対策と言われている)。つまり、野村さんは近代(現代)野球の礎を築いたと言っても過言ではないでしょう。

そんな野村さんは、1969年にプロ野球初のプレイングマネージャー(選手兼任監督)に就任。実質南海を1人で引っ張る格好になりました。しかし、この頃から南海に所属していた他の選手・フロントと確執が起こり始め、後に妻になる野村沙知代さんの球団への過干渉がきっかけで退団に追い込まれます。ただ、『野村追放』をきっかけに南海は長期低迷時代に突入し、球団をダイエーに売却しても、それに伴って福岡に移転しても、しばらくはBクラスから抜け出せない状態になってしまったのです。

その後、野村さんはロッテオリオンズ(1978年)、西武ライオンズ(1979年~1980年)に在籍。45歳で引退しました。出場試合3017試合は歴代2位、1950年代~1980年代という40年にわたってオールスターゲームに出場した選手は、野村さん以外まだ誰も達成していません。


その後解説者を経て、1990年からヤクルトスワローズの監督に就任。約20年ぶりに就任した監督業では、データ野球(ID野球)を掲げ、優勝を4回(うち日本一3回)果たしています。
1999年には阪神タイガースの監督に就任したものの、3年連続最下位の不名誉な記録を得ることになり、かつ沙知代さんの不祥事で退団に追い込まれます。しかし、彼の築いた礎は、後に星野仙一さんによって花開くことになります。
再び解説の仕事をした後、社会人野球のシダックスの監督に就任(2002年~2005年)するなどを経て、2006年には球団創設間もなく、戦力の整っていなかった東北楽天ゴールデンイーグルスの監督に就任します。そこでは若手の育成にまい進し、田中将大選手をエースに仕立てます。またベテランの山崎武志さんを再生し、ヤクルト・阪神時代の代名詞だった「野村再生工場」を楽天でも見せました楽天時代も優勝は無かったものの、最終年(2009年)で2位になり、クライマックスシリーズ進出を果たしています。


野村さんは、先程書いたように近代野球の礎を築いた人でもあるのですが、言葉の使い方が上手い人で、その集大成が「ぼやき」に代表される一言だったと思います。また野球の理論を丁寧にかつわかりやすく解説することもでき、「野村スコープ」(投球ゾーンを9等分して、そこから投球を分析するもの)という配給の読みも代表的な例として挙げられます


あなたがいなければ、今の野球はありません。あなたがいなければ、素晴らしい選手が今フィールドに立っていなかったでしょう。あなたがいなければ、今の野球の楽しさを知る人はほとんどいなかったでしょう。野村さん自身は月見草と例えましたけど、その功績はヒマワリのように太陽の光を受けて、たくさんの種をまいてくれました。本当にありがとうございました。唯一私が惜しいと思ったのは、日本代表監督をやってほしかった、それだけですね。


ご冥福を心よりお祈り致します。


人気ブログランキングへ ブログランキング・にほんブログ村へ  
Posted by alexey_calvanov at 23:58Comments(0)

2018年06月16日

梨田監督辞めるってよ

今日の試合後、東北楽天ゴールデンイーグルスの梨田昌孝監督が辞任すると発表されました。


梨田監督は近鉄バファローズ(後の大阪近鉄バファローズ)の選手として活躍した後、何年かのブランクも挟んで、近鉄・北海道日本ハムファイターズの監督を経て、2015年に楽天の監督に就任しました。しかし、若手を積極的に使ったにもかかわらず、成績は低迷2017年の3位が最高で、2016年は5位、今年は借金20を抱えて最下位に沈んでいました。今年は埼玉西武ライオンズ・日本ハム・福岡ソフトバンクホークスが好調だからね・・・。


日本ハム時代を知っている人間としては、残念です。まだ老け込む年齢でもないので、もうワンチャンあると思いたいですね。

ただ今回の退任は梨田監督だけのせいじゃないでしょう奮起できなかった若手もさることながら、いい選手が揃っているのに投手陣・野手陣を組み立てられなかったコーチ陣の責任も感じないといけないでしょう。恐らくシーズン終了後は、コーチ陣の総辞職と選手の大幅な入れ替えが待っていることでしょう。少なくとも被害を減らすためにも、もっと選手は奮起しないといつまでもエースの則本昂大選手頼みというわけにもいかない。新しい軸を早く育成しないと。


人気ブログランキングへ ブログランキング・にほんブログ村へ  
Posted by alexey_calvanov at 21:33Comments(0)

2018年01月07日

さらば、燃える男。さらば、闘将。

元中日ドラゴンズの選手で、中日・阪神タイガース・東北楽天ゴールデンイーグルスの監督も務めた星野仙一さんが、すい臓がんのため1/4に亡くなっていたことがわかりました。まだ70歳。これから野球の世界で貢献して頂きたかった・・・。


星野さんは岡山県生まれ。産まれる前に父親が亡くなり、母一人で育った母子家庭の選手でもありました。後のドラフト会議で母子家庭生まれの選手を優先的に獲ったのも、このことがあるからなのではないのでしょうか。

明治大学に進学し、そこで永遠のライバルとなり友となる田淵幸一さんや山本浩二さんと出会います。そして、1969年にドラフト会議で中日に入団します。
実は、巨人から入団の誘いがあり、巨人指名を確実視されたものの、当日になって指名相手が島野修さんに変わるという出来事が起こったのです。後に「島と野の字を書き間違えたのではないか」というエピソードまで残ったほどです。しかし、この出来事が生涯続く反巨人を貫く原動力となったわけです。

現役時代には先発で中日のエースになったものの、すぐに調子を崩すという欠点も持っていた・チーム事情のため、度々抑えに回されることもあったそうです。そのため、最多勝は無いものの、当時設定されたばかりのセーブ制度で、初代セーブ王になっています当時は燃える男として巨人打倒を掲げ、通算34勝(31敗)という成績を残しています。巨人打倒に燃えるあまり、「日本シリーズは邪魔」と言い除けた話も有名です。
なお阪神にも強く、同じく36勝を上げています

1982年に引退後、解説者などを経て1987年に戦後初のプロ選手からの監督として就任。当時40歳というのですから、若いねぇ・・・。
中日の監督時代から、闘将とか鉄拳制裁と言われるほど厳しい指導を行う監督として有名だったものの、厳しく指導した選手には、その後優しいフォローを加え、ハッパを掛けたとも言われています。柔軟な監督だったとも言えるでしょうねぇ。
また、大規模な入れ替えを行うことでも知られており、1987年就任時には大型トレードを成立させ、阪神監督時代の2002年にはベテラン選手を大量に退団に追い込んだことも知られています。若手育成の上手さも定評がありました。
中日監督時代は通算11年(1988~1991、1996~2001)で2度のリーグ優勝に導き、8回のAクラス入りを果たすなど、強竜時代を作りだした人物として語られています。圧倒的な投手陣が特徴だったように思います。

2001年に中日の監督を退任した後、野村克也監督(当時)が奥さんの脱税事件を機に退任に追い込まれた阪神から監督要請を受けることになりました。どうも、野村さんが退任される時の条件として星野さんを指名したようです。ともあれ、これにより阪神の監督になることに。
阪神時代も、野村さんの基礎を上手く活用し、2003年にリーグ優勝を果たします。しかしながら、持病だった高血圧症が悪化し、それを理由に退任を余儀なくされます

その後は、阪神のオーナー付シニアディレクターや北京オリンピックの監督を務めた後、2011年から楽天の監督に就任します。この時もやはり、勇退した野村さんの後を務めることになったのです。
監督就任直後に東日本大震災を経験し、東北の人達に少しでも元気にしたいという思いを抱えながら、懸命に采配し、創設9年で本人としても最初で最後の日本一を達成することになります。しかし、2014年には腰痛(後にヘルニアと判明)が悪化し、最終的には退任することになります。

その後も楽天に残り、球団の副会長として奔走するものの、2016年に急性すい炎からすい臓がんが判明2017年は病状が進む中でも安定した容体だったそうですが、年末になって急速に悪化し、今年の1/4に亡くなったそうです。


とにかく、現役時代を知らない私でも、『星野は燃える男』という代名詞はよく知っていました
気迫あふれるピッチングで相手をなぎ倒し、巨人のV10を自分の投げるマウンドで阻止したというのは、彼の打倒巨人を示すうえで一番のエピソードになるんじゃないのでしょうか。監督時代の荒っぽいとも言える采配も彼の代名詞でしょう


しかし、本当の星野さんは野球を愛し、選手のことをよく慮る人だと思っています。ミスをしても基本的にすぐに交代させずに次の機会を与える、選手の窮地の時にはいち早く駆け付ける情に厚い人でもあります。また、中日を離れても自分が投げてきた・最初に采配した中日のことを気に掛けており、観客動員数の伸び悩みを我がことのように心配していました野球がオリンピック競技に戻るように奮闘していた一人だったこともよく知られています。
奥さんを亡くした中、母親を亡くした中でも気丈に振る舞うその姿は、芯の強さを感じさせ、亡くなった時も大きくしたくないというのも、その強さを感じさせることになりました。
あと2年に迫った東京オリンピックで野球の解説をしてほしかったなぁ・・・。もっと色々と野球の話を伺いたかったなぁ・・・。本当に惜しいです。


最後に、選手として監督として野球を盛り上げてくれた星野さんに心からご冥福をお祈り致します。


人気ブログランキングへ ブログランキング・にほんブログ村へ  
Posted by alexey_calvanov at 23:59Comments(0)

2017年09月01日

アカン!ソフトバンクマジックや!

遂に大逆転のシナリオができてしまうのか。それとも既定路線だったのか。
今日行われた福岡ソフトバンクホークス×東北楽天ゴールデンイーグルスの一戦で、ソフトバンクが2-0で勝ったため、ソフトバンクにマジック16が点灯しました。

実は、今年のパリーグは当初楽天が独走していました。しかも楽天は消化試合数が少なかったため、少々のことでは不利にはならないだろうと思われていました。
しかし、徐々にソフトバンクが楽天に詰め寄り、かつパリーグ最強とも言える選手層の厚さもあって、7月の終わり頃からマイナスのゲーム差を叩き出しながらも首位にいることが多くなりました。そして、8月になってからスパートを掛けたソフトバンクが徐々に楽天を引き離しに掛かってきました。その楽天はブーストに吹き飛ばされてしまったかのように失速投打の軸が湿ってしまったことが大きな原因でしょうね。遂には埼玉西武ライオンズにも抜かれてしまう事態になりました。4位(オリックス・バファローズ)との差はまだまだあるものの、このまま投打の噛み合わない状況が続けば、4位転落もあり得ます


まるで魔法に掛かったかのように突っ走ってしまったソフトバンク。選手層の厚さだけでなく、千葉ロッテマリーンズで主砲を務めたアルフレッド・デスパイネ選手がいるんだもんなぁ・・・。あれだけの打線に10勝できる投手がうじゃうじゃいる。これで勝てないのがおかしい(苦笑)。悪く言う人は、カネでモノを言わせた・・・となるんでしょうけど、同じようなことをやってるセリーグの某球団は、しっかりリサーチしろよ(ニヤニヤ)。


早ければ、9月中旬で決まってしまうのでしょうけど、調子のいい西武がどこまで食い止められるか。また楽天が奮起するのか。灯が消えそうで消えていない(と思いたい)パリーグは、まだまだアツいのかねぇ?


人気ブログランキングへ ブログランキング・にほんブログ村へ  
Posted by alexey_calvanov at 23:57Comments(0)

2017年06月15日

野球って難しい

プロ野球の交流戦もいよいよ終盤、金曜日から日曜日までの3連戦で終了になります。
そんな中、野球の難しさを感じさせる出来事を見たので紹介。


最初は、東京ヤクルトスワローズ×東北楽天ゴールデンイーグルスの一戦
楽天の今日の先発は則本昂大(たかひろ)選手。これまで大リーグ記録に並ぶ8試合連続2ケタ奪三振を奪っており、今日の試合で2ケタ取れば新記録という試合でもありました。
ところが、今日は前半はよかったものの、6回以降プレッシャーからなのか、思うようなピッチングができず、7回で6失点の乱調に。奪三振数は8となり、連続2ケタ奪三振記録は8でストップしました。
梨田昌孝監督が温情で投げさせることも無く、きちんと投手交代をしてくれたので、これ以上の炎上も無かった(試合に負けても最低限の損傷で済んだ)のだと思いますが、もし投げていたら、2ケタの記録は達成していたのではないかと思うと、少し残念ですわね。時に状況が悪くとも、完投させるケースもあったので。

もう一つは、中日ドラゴンズ×北海道日本ハムファイターズの一戦
前日同様シーソーゲームで展開されていた試合、昨日は延長12回に田島慎二のワイルドピッチが致命傷となって勝ち越され、中日が負けたのですけど、今日の幕切れのきっかけも意外な展開
8回表、1アウト2・3塁で松本剛選手が打った当たりがファーストへのファウルフライになりました。ファーストを守っているダヤン・ビシエド選手は、正直守備はそんなに上手くない。それでも一生懸命追い掛けてよく捕りました。しかし、そこからタッチアップを掛けた代走の大累進選手が本塁帰還に成功この1点が決勝点(その後もう1点挙げてはいるが)となり、日本ハムが勝ちました
先程も書きましたけど、守備の悪いビシエド選手にしてはよく捕ったと思っています。しかしながら、大累選手が走ることを想定していなかったのか、そこから慌ててしまったんでしょうね、本塁への送球が大暴投になってしまいました。これが決まっていたら、日本ハムへの1点はなかったんだろうなぁと思います。「捕っても捕らなくても怒られるビシエド」というネットでの一言を見て、さもありなんと思ってしまいましたよ。そう思うと、今日のビシエド選手の立ち位置はかわいそうですね。暴投は確かにいかんけど、捕ったことは誉めてあげよう。


つくづく、野球は難しいサッカーやバスケットはルールで難しい部分があるけど、野球はプレーで難しい部分があるからね・・・。


人気ブログランキングへ ブログランキング・にほんブログ村へ  
Posted by alexey_calvanov at 23:42Comments(0)TrackBack(0)

2016年11月15日

楽天最後の創設メンバー、引退

2004年秋に設立(2005年からパリーグに参戦)された東北楽天ゴールデンイーグルス。楽天は、近鉄とオリックスの選手の分配ドラフトで40人、ドラフト・トレードなどで10数人の選手を獲得しました。その時の選手は、移籍や引退などで楽天を去っていきました。
そして、最後まで残った創設メンバーの一人が、遂に引退します。その人は、牧田明久選手です。


牧田選手は2001年にドラフト5位で近鉄に入団するものの、外野の選手層が厚かったのと打撃に課題があったため、1軍に上がれないまま、分配ドラフトで楽天に入団します。v
楽天に入団後は、選手層が薄かったのも幸いし、1軍で活躍する機会が増えました。年によっては外野手のレギュラーとして活躍することもあり、打撃面でも強打がウリの選手として紹介されることもありました
しかし、牧田選手の一番は守備強肩を生かして、捕殺がチームトップになったこともあったり、好返球でチームを救う場面も数多くありました
ただ、ここ数年は若手の台頭が楽天でも起こるようになり、度重なるケガもあり代打での出場が増え、代打で活躍しても若手の育成で2軍落ちすることも増えてきていたそうです。
そして、今シーズン終了後に戦力外通告を受け、かねてから楽天で野球人生を終えようと思っていた牧田選手は現役引退を表明したのです。


正直なところ、他球団の動向をあまり見ていないせいもあってか、地味な選手です。でも守備はいいということは知っていたのと、衰えはあるとはいえ、他球団ならまだ数年やれるんじゃないのかと思ったほどです。しかし、お世話になった球団で野球選手としての生涯を終えたいというのですから、尊重すべきだとも思います。創設時の苦労を知っている数少ない選手でしたから、なおのことです。それゆえに、球団もポストを用意するなど最大限の謝礼を行うそうです。


楽天創設時から活躍していた牧田選手、本当にお疲れ様でした。


なお、楽天に所属していた現役選手はまだ一人います。あの岩隈久志選手(シアトル・マリナーズ)です。もう一人、阪神タイガースに在籍していた坂克彦選手がいるのですけれども、同じように戦力外通告を受けているので、状況によっては現役選手ではなくなると思います。


人気ブログランキングへ ブログランキング・にほんブログ村へ  
Posted by alexey_calvanov at 23:32Comments(0)TrackBack(0)

2015年10月22日

大注目な選手が集まった2015年のドラフト会議は、いかに

今年もドラフト会議の時期になりました。
注目選手は高校生が多く、中でも今年の甲子園を沸かせた選手が上位を占めるのではないかとも言われていました。
中でも県立岐阜商業高校出身の投手である高橋純平君は今年のドラフトの目玉とも言われていました。夏の甲子園はケガなどの理由で出場せず、予選通過もなりませんでしたけれども、春の選抜でその実力を垣間見たスカウトからの評価は高く、中日・ソフトバンク・日本ハムの3球団抽選という形になりました。結果は、ソフトバンクが交渉権を獲得しました。まーた強い選手を獲得して盤石の態勢にしていくのか(苦笑)。

仙台育英高校の躍進を支えた内野手の平沢大河君は、ロッテと楽天の抽選の末、ロッテが交渉権を獲得し、楽天は外れ1位として、私が特に注目していた関東第一高校の外野手であるオコエ瑠偉君を獲得しました。

今年の夏の甲子園を制し、高校球界NO.1左腕として注目された投手の小笠原慎之介君は、外れ1位として中日と日本ハムが再度競合。抽選の結果、中日が交渉権を獲得しました。中日は左腕はそれなりにいるものの、勝ち星を付けられる選手がほぼいないため、獲得に動いたのでしょう。また、山本昌選手が現役引退したため、左腕の枠が一つ空いたというのも決め手になったのでしょう。


もちろん、2位以降の枠でも注目選手や意表を突く選手が指名され、今後どのように活躍するのか気になる選手も何人か。来年一人でも1軍で活躍する姿が見たいですね。


人気ブログランキングへ ブログランキング・にほんブログ村へ  
Posted by alexey_calvanov at 23:38Comments(0)TrackBack(0)

2015年07月22日

何でよりによってこんな日に・・・ 後編

後半戦が始まったプロ野球、北海道日本ハムは東北楽天ゴールデンイーグルスを札幌ドームに向かえ3連戦となりました・・・。
・・・いつだったかのソフトバンクとの3連戦の悪夢再び(あの時は交流戦明けだったっけ)ですな。見事な3タテを食らったばかりではなく、3連戦最後の試合の負け方が良くない。その結果は・・・、


6-19



詳しいスコアは以下の通り(見にくいふうになっているかも)。

楽   天 575 | 002 | 000 | 19
日本ハム 030 | 000 | 030 | 6


・・・何だろう、このスコア。ふがいないを通り越して6点取ったのね、と。


どうしてこうなったのかというと、1回表に早々と先発浦野選手が炎上し、伊志嶺選手の3ランなどで5点2回表にはウィーラー選手の2ランで浦野選手が降板し、替わった新外国人選手のライブリー選手も打者一巡の猛攻を食らい一挙に7点3回表も3アウトを取るのに打者一巡掛かり5点献上6回表に4人目の鍵谷選手が捕まって2点献上というふう。三者凡退に終わったのは5回表と9回表だけだよ(泣)。

実はこの3連戦は日本ハムにとっては記録に貢献したという印象しか残らないふうになったとも。というのも、初戦で楽天の新守護神である松井裕樹選手にリーグ新記録になる19歳8ヶ月で20セーブ達成に貢献してしまっているんですね(泣)。翌日もセーブを与えているわけで、下手をしたらセーブ新記録も与えてしまいかねない勢いですわ。


正直、この状態で2位をキープできるのが不思議。それだけ3位の西武も疲れが見えているわけです。だからこそ、ここで引き離して首位のソフトバンクを追走し、いつ抜けるかを虎視眈々と狙わないといけない時期3タテどころかこの有様。正直シーズン終了時にどうなってるんだという不安しかありません。


ちなみに、大量得点に楽天は縁があるようで、これまでの球団記録だった18点も球団最大失点記録だった26点もいずれも創立した2005年の出来事だったんですね。さすがに今後26点取られることはないとは思うものの、26点可能性はあるわけですから、今後は26点取れるように頑張って下さいね(棒読み)。<よっぽど悔しかったんだろうな。


人気ブログランキングへ ブログランキング・にほんブログ村へ  
Posted by alexey_calvanov at 23:54Comments(0)TrackBack(0)

2015年06月19日

カベからの復活になるか

楽天の緊急事態っぷりが半端ない出来事が起こっております。


楽天の正捕手と言えば、ご存知「説教」で有名になった嶋基宏選手ですが、その嶋選手が先日行われた中日との交流戦で脇腹の骨(第7肋骨)を骨折して戦線離脱控え捕手だった伊志嶺忠選手も右太腿の肉離れで戦線離脱中となり、残った捕手は小関翔太・小山桂司・下妻貴寛・セゴビアの4選手。このうちセゴビア選手は育成契約のため現状2軍まででしか試合に出られないというふうで、さらに大久保博元監督の方針で1軍に帯同する捕手は3人というふうになっていたため、このままでは2軍の捕手が足りないという可能性が出てきました。

そこで行われた『奇策』が、何と引退した選手の現役復帰。
これは、捕手というポジションがなかなか育成できないという特徴ゆえの判断なのでしょう。よくサッカーでは、(育成に時間が掛かる専門職という意味で)同じようなポジションになるゴールキーパーで起こることはあります(実際今シーズンでもJFLに所属するホンダロックで似た事態が発生している)けれども、野球の世界では思っていた以上にまれな出来事でもあります。


で、今回見事現役復帰することになったのは、横山徹也ブルペン捕手
2002年のドラフト6順目で近鉄に入団し、2004年に近鉄消滅に伴う分配ドラフトでオリックスへ移籍となったものの、2013年に戦力外通告。その後は現役復帰を掛けて、独立リーグになる四国アイランドリーグplusの愛媛マンダリンパイレーツでプレーしたものの、1年で自由契約となり現役を引退今年から楽天のブルペン捕手、いわゆる『カベ』として生活をしていました。ところが先述の経緯で、育成契約ながらも現役復帰というチャンスを得ることになったのです。


正直、バッティングもさることながら、リード面でも課題がある選手という位置付けなのだそうですが、かつて同じような問題を抱えていた元楽天監督でもある野村克也さんが、南海時代同じように『カベ』からスタメンを獲得した経緯もあるのですから、転がって来たチャンスをしっかりとキャッチして、まずは2軍のスタメンを獲得して使える選手なんだと猛アピールをすべきだと思いますね。


是非とも頑張って頂きたいと思っております。


人気ブログランキングへ ブログランキング・にほんブログ村へ  
Posted by alexey_calvanov at 23:20Comments(0)TrackBack(0)

2014年09月25日

2位なのにマジック点灯

混戦になったパリーグ、遂に決着の時が来たのでしょうか。


今日首位のソフトバンクは福岡・ヤフオクドームで楽天と、2位のオリックスは大阪・京セラドーム大阪で西武とそれぞれ対戦しました。


オリックスは1回表に西武の浅村選手に点を取られた後、その裏ペーニャ選手のタイムリーで取り返したものの、こう着状態が続き、小刻みなリレーによる投手戦となりました。
何とか勝ちたいオリックスは、西武4人目ウィリアムス選手の代わりっ鼻を攻め立てました
安達・糸井両選手の連打で1・3塁にし、1回裏にタイムリーを放ったペーニャ選手に。この試合で久しぶりのヒットを放ち、プレッシャーから解放されたのか、再びタイムリーを放ち決勝点をもぎ取りました。この後、平野佳寿選手がピシャリと抑え、オリックスが1-2で勝利。まだ試合の終わっていないソフトバンク×楽天の試合の結果を待つこととなります。

一方、ソフトバンクは5回裏に長谷部選手のタイムリーや今宮選手のタイムリーと楽天のセンター島内選手の後逸に伴って追加点を重ね、6-3と逆転したものの、ソフトバンク5人目投手の五十嵐選手が大乱調。松井稼頭央選手を抑えた以外は全て四球で4失点。これがきっかけで7-8と再逆転され、そのまま楽天が勝つというふうになりました。


この結果、ソフトバンクは0.5ゲーム差で首位と立っていながらも、2位オリックスにマジック7が点灯するという事態に陥りました。


こうなってしまった原因は、2チームが残した試合数が影響しています。
首位ソフトバンクの残り試合は3、対してオリックスの残り試合はほぼ倍の8残しているのです。共に負けが許されない事態の中で勝ったことにより一歩オリックスがリードし、今回のマジック点灯でさらに一歩リードしたわけです。

今後、ソフトバンクは9/26に楽天(福岡)・9/28に日本ハム(札幌ドーム)と転戦。対してオリックスは9/26に西武(大阪)・9/27に日本ハム(札幌)・9/28にロッテ(千葉・QVCマリンフィールド)・9/29と9/30に楽天(宮城・コボスタ宮城)と過密スケジュールをこなすこととなります。そして、10/2にヤフオクドームで最後の直接対決この間にオリックスはどれだけ勝てるかがキーになるでしょう。確かに試合数ではオリックスが有利ではあるものの、試合日程的にはソフトバンクの方が有利なのです。詰まるところ、いい投手を投入しやすくなるんですね。


久しぶりの優勝を目指すオリックスか。そうはさせまいと実力十分のソフトバンクがそのまま首位を突っ走って優勝するのか?まだまだパリーグはアツいです。


人気ブログランキングへ ブログランキング・にほんブログ村へ  
Posted by alexey_calvanov at 23:47Comments(0)TrackBack(0)

2014年09月18日

ワシは疲れた

やはり大変だったんですね、理由はどうあれ。


楽天の星野仙一監督が今シーズン限りで退任することが明らかになりました。

星野監督は2011年から楽天を指揮してきました。丁度就任した年は東日本大震災が起こった時でもあり、非常に大変な中でも東北のために奮起しようと熱心に指揮を執っていました。結果が伴わなかったものの、この1年が後のリーグ優勝・日本一に繋がっていったのです。
就任2年目も芽がなかなか出ない中迎えた迎えた、就任3年目の2013年は田中将大(まさひろ)選手(現ニューヨーク・ヤンキース)が鬼神のごとく活躍し、楽天初優勝と初の日本一の原動力となりました。打線もジョーンズ・マギー両選手が主軸となって活躍し、若手とベテランの融合も図られました。
しかし、田中選手が抜けた就任4年目の今年は成績が急降下投打共に精彩を欠いた中、星野監督自身の健康問題(腰椎椎間板ヘルニアと胸椎黄色靱帯骨化症)が発生し、2ヶ月の間監督生活を離れることとなりました。復帰はしたものの、成績は向上しなかったため、星野監督は成績の悪化と闘争心を自らが示せなかったことを理由に辞任を決めたそうです。三木谷浩史オーナーも慰留したそうですが、本人の決意は固かったとのことだそうです。
星野監督自身もまだまだやりたいことはあるので悔いはある、若手の活躍も楽しみだったと言ってるので、もしかしたら、辞めるのは本意ではなかったのかもしれません。しかしながら、成績が上がらなかったらやめるべきという潔さを考えると、当然の決断だったと思います。非常に立派です。
私自身も今年の成績を加味したら酷だと思っていました。ただ健康問題を考えるとこれ以上指揮できないだろうとも感じていました


本当にお疲れ様でした。ゆっくり休んで下さい。


人気ブログランキングへ ブログランキング・にほんブログ村へ  
Posted by alexey_calvanov at 23:44Comments(0)TrackBack(0)

2014年07月22日

楽天も好きよのぉ

ロッテだけじゃなかった(笑)。


楽天の西田哲朗選手に個人応援歌が設定されたそうですけど、その楽曲というのが、「艦隊これくしょん -艦これ-」の通常戦闘(昼戦)BGMの♪砲雷撃戦、始め!なのだそうです。


「艦隊これくしょん -艦これ-」は大人気のブラウザゲームで、その人気はアニメ化やコンシューマーへの移植予定という形で現れております(ユーザー数は150万人とも)。


実は、一昔前(おおよそ昭和の終わり~平成半ばまで)は、アニソン・歌謡曲・J-POPなどといった楽曲を流用する形で使っていたケースが多かったんですね。
例えば、元中日の立浪和義さんが入団した頃の応援歌は、光GENJIの♪ガラスの十代(入団当初18歳ということもあったと思われ)でしたし、今話題の広島では、かつてランスという外国人選手がいたんですけど、その人の応援歌はアニメ「ついでにとんちんかん」の主題歌だった生稲晃子さんの♪麦わらでダンスでしたし。<立浪さんはともかく、ランスなんて広島ファン以外誰が知ってんねん!
・・・まぁ、サッカーは今でも多用されることが多いですわね。
今あまり見かけないのは、著作権の問題が多分にあると思います。公式応援歌集なんてCDを出そうという際に、必ず引っ掛かりますから・・・。

それでも、わずかながら流用でやっているケースの多い球団があったんです。それがロッテ
今は他の球団に倣ってかオリジナルばかりになりましたけど、バレンタイン元監督がやっていた頃は、♪カチューシャ(現阪神の西岡選手)とかそうでしたし、神戸選手の東方の・・・うっ、頭が(爆)。<あの事件思い出したか。丁度今日初公判(もがもがもが)。


そんなわけで、今やどこかの作品を使用して応援歌にしているのは珍しいことですし、これをきっかけに作品を知るなんてこともあるでしょう。双方にとっていい方向に繋がればいいのですが・・・。


ちなみに、西田選手の応援歌は、本来なら8月に入ってからの楽天koboスタジアム宮城で使用する予定だったのですが、覚えやすい・トランペットのある球場でやってもいいのではなどの意見に押され、7/21の西武戦から使用されたのだそうな。結果がよかっただけに、楽天のファンも艦これのファンも大喜びだったのではないのでしょうか。


人気ブログランキングへ ブログランキング・にほんブログ村へ  
Posted by alexey_calvanov at 23:12Comments(0)TrackBack(0)

2014年07月21日

わしが帰ってくるぞ

楽天の星野仙一監督が、早ければ7/25の日本ハム戦(楽天koboスタジアム宮城)で復帰する可能性が出てきたと報じています。


ご存知の通り、腰椎の椎間板ヘルニアと胸椎の黄色じん帯骨化症で休養して以来、先日行われたオールスターも体調が思わしくないため休養していましたが、急な復帰にも見えるのは私だけなのでしょうか。
7/1からは大久保博元2軍監督が監督代行に就いている(それまで投手コーチ兼任で就いていた佐藤義則さんから代わっての就任)のですが、まぁ可もなく不可もない成績なので、ゆっくりすればいいのに・・・とも思っているのですけど、まさかチーム内で不協和音が起こっているんじゃないかと勘繰りたくなるもので。


オールスターが終わってから1週間も経たない中での復帰になるだけに、ホントに大丈夫なのか心配ですね。大久保監督代行じゃなければ、ここまで性急にならないんじゃないのかと改めて思っている次第です。
できることなら無理をせず、じっくりと直してほしいですし、進退のことを考えているのであれば、今シーズンは仕方ないと誰もが思っているはずです。来シーズンのために、ホントなら英気を養ってほしいのにねぇ・・・。


人気ブログランキングへ ブログランキング・にほんブログ村へ  
Posted by alexey_calvanov at 23:12Comments(0)TrackBack(0)

2014年07月02日

デーブ大久保監督

ただし、まだ監督代行(汗)。


楽天は、腰椎椎間板ヘルニアと胸椎黄色靱帯骨化症で休養中の星野仙一監督に代わって指揮を執っていた佐藤義則監督代行兼投手コーチを成績不振を理由に投手コーチ専任に戻し、代わって2軍監督を務めていたデーブ大久保こと大久保博元さんを1軍の監督代行に据える人事を突如発表しました。なお、2軍監督の代行は2軍で投手コーチを務める酒井勉さんなのだそうです。


今シーズンの楽天は、昨シーズン優勝したチームとは思えないほどの体たらくぶり。
中でも田中選手が抜けた穴をいまだ埋めきれない、本来埋める一人のはずだった松井裕樹選手がイマイチだったのと、則本選手に続く投手がケガなどでいないという事態が響いているのと、打線の核がジョーンズ選手だけになって繋がりが保てない、特にジョーンズ選手と共に核になるはずだったユーキリス選手が全くの機能不全に陥ったことなどが挙げられるでしょう。
そんな中で、星野監督の盟友でもある佐藤コーチは何とかして体制を持ちあげようとしたものの、慢性的に機能が劣ってしまっている今の楽天を変えるのは重かったんでしょうね。

で、大久保監督代行の初戦となったオリックス戦では、問題だった投手陣と打線が共に機能して、初陣を勝利で飾っただけでなく、勝ち星を挙げられなかった松井裕樹選手に2番手ながら登板させ、初勝利を挙げさせることにも成功しています。もしかしたら、松井裕樹選手を2番手に持って来たのは、大久保監督代行自身が2軍時代見てきていたので登板させたんでしょうねぇ。個人的には温情かなとも思ったのですが・・・。


大久保監督代行には、西武時代の暴行事件で解雇されたという経緯があり、楽天時代にも一部首脳陣との折り合いが悪かったというのもあって、さらなる混乱を招かないか心配な目で見ているのですが、逆に言えば、1軍にも2軍にも顔の利く監督代行でもあり、若手の育成には定評がある(とされている)ので、ひょっとしたら今後成績が持ち直す可能性もはらんでいるかなと思ってもいます

来年は星野監督が復帰すると思うので繋ぎの位置付けなんでしょうけど、何かこのまま大久保監督代行でいいんじゃね・・・という空気になりかねないよなぁ。楽天ってそういう球団の印象が強いだけに(汗)。


人気ブログランキングへ ブログランキング・にほんブログ村へ  
Posted by alexey_calvanov at 23:59Comments(0)TrackBack(0)

2014年06月15日

セが制した!

珍事だな(爆)。<そんなこと言うたらあきまへん!


世間がサッカーのワールドカップで盛り上がる中、終盤を迎えた交流戦。
中でも今日の試合、セリーグ6球団が全て勝利するというふうになりました。詳細をスポーツニュースでしか見ていないので、何とも言えない部分もありますけれども、全てが逆転勝ちという薄氷の勝利だったことを窺い知れる感じでしたなぁ・・・。

中でも広島が連敗を止めたのが大きかったですね。ここまで広島は8連敗中。ホント、このままズルズル行ってしまおうものなら、阪神とのゲーム差も詰まってきた中だけに暗黒面に引きずられるんじゃないかとも思ったわけで、この試合で持ち直せるきっかけになればいいかなと思っております。


対して、パリーグは全て逆転負けということで、投手陣がふがいない・・・と全ては言い切れないわけで。
中でも楽天の則本選手は、点を取ってもらって取られてしまうという「僕の悪い癖が出た」(本人談)ということですが、よく抑えたと思いますよ。これは終盤投手交代を怠った監督代行の責任でしょう。エースの責を負わせるという点はわかりますけど、このまま引きずりそうでかつ勝つ勝利目前ならば、ここは抑えを投入してもよかったはず。勝ちをみすみす逃したふうになりましたね。


さて、現在の交流戦トップは巨人今年の戦力を考えれば、下手すりゃこのまま独走でしょうなぁ・・・。ゆえに、2位に付けている今シーズン好調のオリックス、3位に付けているソフトバンクがどこまで勝ちを積めるかが今後の展開において重要になるのですが、実は最後の最後で巨人戦を残しているんですね(6/17・18にオリックスが、6/22・23にソフトバンクが巨人戦を控えている)。ここで巨人が1試合ずつでも落とすと面白い展開になりそうです。
ちなみに、6/15現在のセ・パの勝利数は、セが54勝、パが59勝若干パリーグが勝っているというふうです。今後の日程を見ると、若干パリーグ優勢かなと思いますね。
とりあえず、優勝はかっさらわれても、リーグ勝利数はパリーグの勝ちで終わってくれればいいなぁと思っております。


人気ブログランキングへ ブログランキング・にほんブログ村へ  
Posted by alexey_calvanov at 23:54Comments(2)TrackBack(0)

2014年05月27日

闘将よ、今は羽をゆっくり休めてほしい

楽天の星野仙一監督が、しばらくの間休養するとのことです。
先日のヤクルト戦から歩けない状態になり、その日の試合を休場していたのですが、この症状というのが思ったほど深刻だったというわけです。その症状とは、腰椎の椎間板ヘルニアと胸椎の黄色じん帯骨化症で、後者に関しては国指定の難病とのことだそうです。


黄色じん帯骨化症とは、背骨のじん帯が骨になっていき、それが脊髄を圧迫していく病気で、2012年には巨人の越智大祐選手が、2013年にはソフトバンクの大隣憲司選手が罹ったことでも話題になりました。この2選手とも投手で、星野監督も投手出身ということを考えると、投手特有の病気なのではないかと思ってしまうほどです(現状では因果関係は不明)。
今後、骨化したじん帯の除去手術を行う可能性も出てきており、仮にそうなった場合は、長期離脱も否めないとのことです。
なお、この間の監督代行は佐藤義則投手コーチが務めるとのことだそうです。


なかなか治らない病気とは聞いています。実際、越智・大隣両選手はリハビリ真っ最中で、まだ投げられるとも言える状態ではありません。ゆえに、今は無理をせず、試合のことはあまり考えないで、自身の体調を慮って頂きたいと思います。今シーズンの成績が悪いゆえに責任を感じているのかもしれないですが、まずは自身の身体が大事です。国指定の難病になっているのならなおさらです。


人気ブログランキングへ ブログランキング・にほんブログ村へ  
Posted by alexey_calvanov at 23:59Comments(0)TrackBack(0)

2013年12月25日

マーくん、メジャーへ

遂にというか、やっとというか、楽天の田中将大選手のメジャー行きが容認されましたメジャーに行きたいと楽天サイドに宣言してからは早かったですが、そこまでに至る経緯がとても長く感じましたね。


田中選手の今シーズンの成績は言わずもがな。
シーズン中は24連勝(前年からのシーズン連勝は28)、前年からの連勝とポストシーズンも含めた連勝は30まで伸ばして大きく話題になりました。もちろん、日本シリーズ第6戦で160球投げて負け投手になった(同時に前年からの連勝とポストシーズンも含めた連勝記録が止まった)のも大きな話題になりました。


田中選手のメジャー行きがこじれた最大の理由は、新ポスティングシステム。
要約すれば、これまでは青天井だった移籍金が最大20万ドル(今日現在のレートでいくと約20億円)までしかもらえないということで、楽天サイドの旨味が無くなってしまったことでしょう(その代わり、同額で競り落とした複数の球団との交渉が可能になり、メジャーに行きやすくなった、かつ安い値段で交渉できるようになったので、メジャーサイドにも有利になっている)その新ポスティングシステムが決まってから楽天サイドは態度を硬化させ、最悪容認しないという状況になりました。
しかし、本人の熱望と今年の文句ない成績、そして入団以来球団にもたらした無数の貢献によって、新ポスティングシステムには不満があっても容認するということで合意しました。下手に楽天サイドが固辞すれば田中選手に泥を塗るだけでなく、球団イメージが悪くなるというのもあったかもしれません。


大リーグ移籍の決まった田中選手でしたが、これまでマネーゲームのできる球団だけしか参入できないだろうと言われていました。しかし新ポスティングシステムのおかげで参入球団は9~15程度になるのではないかと言われています。恐らく最高金額でを提示することになると思うので、この球団すべてと交渉できるわけですから決まらないわけがないと思います。むしろ付加価値条件(チームの雰囲気や本拠地の環境、サポート体制など)で決まってくるのではないのでしょうか。いわゆる『おもてなしゲーム』とも言うものでしょうか(笑)。


とにかく、田中選手はこれで安心して練習に打ち込めると思いますし、じっくり相手と交渉できることでしょう</b>。できることなら送り出す楽天サイドにも何かしらの補償を相手先が与えてくれれば最高なんでしょうけど、そこまで求めるのは酷だと思いますし、それを言いだしたらキリがないですからね・・・。


田中選手のメジャー行きが1日でも早く決まることを心から楽しみにしております。新天地でも頑張ってほしいです。


人気ブログランキングへ ブログランキング・にほんブログ村へ  
Posted by alexey_calvanov at 23:55Comments(0)TrackBack(0)

2013年12月24日

宮城球場を自社グループ管理?

東北楽天ゴールデンイーグルス(楽天イーグルス)の本拠地である宮城球場。この球場、2005年~2008年までは人材派遣会社のフルキャストがフルキャスト宮城として、2009年~今年までは日本製紙が日本製紙クリネックス宮城(略称Kスタ宮城)として命名権契約(ネーミングライツ)を結んでいました
この契約が今年切れ、来年以降どうなるのかと思ったら、親会社の楽天が契約を結び、自社の事業の一つである電子書籍koboの名を冠した楽天koboスタジアム宮城になることが明らかになりました。略称はコボスタ・コボスタ宮城・コボとのこと。来年から2016年までの3年契約になります。


結局自社管理に球場しやがった(苦笑)。ネーミングライツの費用が高過ぎたのか、自社製品の宣伝にぴったりだと思ったのか、いずれにせよ名前が決まってよかったというところでしょうね。
いかんせん田中選手の問題も解決していないので、収入源として当てにしてたんじゃないのとか色々言えるわけですけど、これでkoboが売れてくれれば儲けモノ・・・って、売れそうな要素って(以下自主規制)


人気ブログランキングへ ブログランキング・にほんブログ村へ  
Posted by alexey_calvanov at 23:42Comments(0)TrackBack(0)

2013年11月03日

楽天、涙の日本一

まさか、〆でマーくん(田中将大選手)が来ようとは・・・。昨日も志願して160球完投して、あまつさえまた志願してブルペン入りなんて考えられないんですけどねぇ。男気を感じて入れた星野監督にも感服しましたが。


途中から雨降るクリネックススタジアム宮城(宮城球場)で行われた楽天×巨人の日本シリーズ。急遽、隣の宮城県陸上競技場もパブリックビューイングで開放した運命の第7戦、この一戦は田中選手敗戦のショックから立ち直れるかどうかがポイントになっていました。
しかしふたを開けてみれば、そのショックから立ち直ったどころか、さらに強くなった印象を感じました
先発の美馬選手は序盤こそおっかなびっくりなような変化球主体のピッチングだったものの、加点されるたびに大胆なピッチングをして相手を翻弄してきましたね。各回ごとにピッチングを変えたのが功を奏した部分もありましたけれども、3回以降は速球と速球系の変化球(スライダー・ツーシーム)で相手をかく乱させて、相手を上手いこと手玉に取っていましたね。正直5回まで持てばいいと思っていましたけど、もう行けるところまで行けばいいというふうに思えたくらいですよ。正直則本選手を出すのさえもったいないくらいに。

その次を繋いだ則本選手も疲労困ぱいの中でも無難に2回を抑え、後を田中選手に託したのではないかと思っています。

そして、田中選手。
相性の悪いロペス選手には打たれたものの、連投をもろともしない力強いピッチングで、田中将大という選手が楽天の、いや日本プロ野球の伝説、いえいえ本当に神になってしまったのです。


打線も効果的に点をあげられてよかったですね。特に決め手になった牧田選手のホームランは、全ての選手の思いがそうさせたのだと思います。数少ない創設メンバーというのも何かしらの縁があったのかもしれません。


これで、楽天は創設初の日本一も飾り、指揮を執った星野監督は中日時代にも阪神時代にも成し得なかった日本一をこの東北の地で、因縁の巨人からもぎ取ったのです。


今日仙台に振っている雨は、楽天ファンの涙雨になりました。震災の過酷な状況を乗り越え、嶋選手の述べていた野球の底力を見せてくれました。その底力が、選手だけでなく、ファンも、宮城県をはじめとした東北地方の人々の思いが乗り移って、大きな力になっていたのではないのでしょうか。それが普段以上の力を発揮できたのだと思います。


楽天日本一、おめでとうございます。そして、夢と感動をありがとうございます。


人気ブログランキングへ ブログランキング・にほんブログ村へ  
Posted by alexey_calvanov at 22:11Comments(2)TrackBack(0)