2012年06月16日

1年経った被災地を巡る 食べて復興支援編

ISW11F_20120604_205027お久しぶりのこの特集。
いよいよプロローグに向けて進めていこうと思います。

最終章へ向けての第1弾は、被災地支援もあって、色々とお土産を買ってきました。別枠で紹介するのもありますけど、それはまた後日。


まずは、石巻市(石森萬画館)で買ってきた「絆 石巻被災企業・復興企画商品」
石巻市内で被災された企業が共同で製作した企画商品で、全部で7セットある(石巻元気復興センターで通信販売も可能)のですが、今回のモノは萬画館で売るために作られたお試しセットのようなものなのかもしれない。価格は2000円ほど。
ビニル手提げ袋に入っており、「絆」と書かれたシールで留められておりました。
中身は、左から、わかめ用ドレッシング・かつおぶし「希望」・さんまこぶ巻き「リアスの詩(うた)」・塩蔵わかめ

どれも美味しいんですが、オススメは、さんまこぶ巻きさんまが脂っこくなくて、昆布とみりん・醤油・砂糖などで作られた調味液に漬けられているせいもあってか、旨味がよく染みていますよ。ご飯が進みます。



ISW11F_20120609_195114もう一つは、別売りで買ってきた即席みそ汁「絆 石巻被災企業・復興企画商品」のセットの中にも入っている場合があります。
フリーズドライされたもので、5袋(仙台みそ(赤だしに当たるもの)3袋と白みそ2袋)入り。
これも、どちらも味噌の風味が生きたものでした。個人的には白みそかなとも。



ISW11F_20120616_073508最後は、気仙沼駅前のNEWDAYSで買ってきた三陸海宝漬
結構高い物ですけど、物産展でもなかなか手に入らない代物なので、せっかくだからと買ってきましたよ。

前にも書いた通り、このNEWDAYSは本当によく利用させてもらいました。土産も買ったし、家まで送ってもらったし、お菓子とかも買ったな、テレビ見がてらで口寂しかったので。



ISW11F_20120616_093553中はこんなふう。
・・・うわぁ、海の宝石箱やぁ、というセリフが似合うくらいにキラキラしておりましたよ。
めかぶ・いくら・ししゃも、そしてアワビが入った豪勢なものです。
味は文句なし。ご飯が3杯も進みましたよ。美味くないわけがないよね、これは。



次回は最終回、交通事情だけは言っておきたいので、書いていこうかと。


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Posted by alexey_calvanov at 23:32Comments(0)TrackBack(0)

2012年05月07日

1年経った被災地を巡る 陸前高田 -仙台から150km-

陸前階上(はしかみ)駅そばにあるタクシー停留所から気仙沼駅に向かう。
ところどころ震災の爪痕がまだ生々しく残っているものの、概ね市街地に関しては復旧している感じだった。タクシーの運転手いわく、このあたりは鉄骨(やコンクリート)の建物が多かったからじゃないかと。しかしながら、その市街地でさえも数mの津波が押し寄せたというのだから、そのすさまじさに閉口しっぱなしだった。


タクシーが気仙沼駅に着き、岩井崎から乗り損ねたバスの時間分はカバーできたここから岩手県交通のバスに乗って、陸前高田へ・・・と思っていたその時、再び思っても見ないことが起こる。
気仙沼駅より100mも歩かないところに停留所があるのだが、その停留所には「大雨の影響で、今日のバスの便(注:1日2便しかない)は上下線とも運休」の旨の張り紙が・・・。これは宮城交通のバスにも言えたことなのだろう。


困った。完全に当てが外れた。
でも何とかして行きたいと思い、困った時にはタクシーの運転手・・・とばかりに相談をしてみることに。
価格面では微妙なところ(片道でおよそ6500円)だが、もしかしたら二度と見られない可能性があるとなると、この金額でさえもケチるのが惜しい。清水の舞台から飛び降りる感じで、その運転手にお願いすることに。

この方が非常にいい方で、気仙沼の状況等々詳しく教えてもらいました。運転する道すがら、ここはああだった、ここは夏の間はヘドロが悪臭を放って大変だった、このあたりが火災に遭ったところだ等々本当に懇切丁寧に語って下さいました。この場を借りてまず御礼を申し上げておきたいです。ありがとうございます。


ISW11F_0267先程、気仙沼市街は概ね復旧していると言いましたが、唯一市街地の中でも復興が立ち遅れているのが、鹿折(ししおり)地区
震災以降起こっている地盤沈下の影響で、満ち潮になったり、今回のような大雨が降ると、あっという間に周辺が水浸しになってしまう。状況によっては道路も冠水するらしい。



ISW11F_0268そして鹿折地区で最も目を引くのがこの漁船
これも震災の津波で打ち上げられた漁船の一つ。これを見るたびに震災の津波の恐ろしさを肌で感じざるを追えない。
ちなみに、この日は鹿折地区の住民がこの船の周辺にひまわりの種を撒いて、彩りを取り戻そうという活動を行っていました(もっとも、それを知るのはその日の夜のNHKのローカルニュースだったのですが)。



鹿折地区から気仙沼バイパス(国道45号)を経由して陸前高田に向かうのですが、その道すがらで海岸側の国道45号が通行止めになるなど嫌な知らせが道路の掲示板で入ってくる。本当に否が応にも入ってくるので、先行きが不安になる。
その不安が的中するかのように、1つ目のトンネルを抜けると雲行きが怪しくなり、2つ目のトンネルを抜けると、謀ったかのように打ちつける雨。その雨が車で走っていると打ちつけるほどのもの。普段ならそう大したことないないと思っていたのかもしれないが、被災地でこの雨に遭うと、少々心配になる
しかしながら、山一つ越えるだけでこうも天候が変わるのかと、改めて天候の変わり方の速さに驚く。

やがて、国道45号の通行止めの知らせが飛び込み、嫌な予感が当たったとは思いつつもここじゃないだろうと、互いにこの知らせはウソであれと思っていたのだが、数百m走っていると、丁度パーキングエリアっぽい簡易休息所になっているのだが、そこから追い返される車の数々。そう、ホントのことだったのだ。
タクシーの運転手が交通整理員の人に何とかならんかと交渉して頂き、何とかその先に行けることに。


ISW11F_0276この写真ではわかりにくいかもしれないが、丁度陸前高田の市街地に入ろうとする道が冠水(恐らく川の水があふれ、橋が渡れなくなっているのだろう)してしまったらしい



ISW11F_0269それでも、奇跡の一本松から数百mのところまでは寄ることができたのは何とも奇跡なのかもしれない
左側にあるのが、恐らく陸前高田ユースホステル。



ISW11F_0270近くにある中学校。
津波でやられたとはタクシーの運転手の話。



ISW11F_0274この日は本当に激しい波しか見ていない。
近くの防波堤や水門に激しい波が叩きつけているのだ。まだいたぶるのか、まだいたぶるのかと波に対してどうしようもない憤りのようなものを覚えてしまった自分が悲しい。



ISW11F_0275周りの波風に揉まれながらも、生き残った一本の松。最早死に体になっている一本松は、この激しい風雨にも何も言わずに耐えている。
あの日、仲間達は全て波にさらわれ、自らはもはやこれまでの状態になりながらも立っているこの松は、この町に住む住民達の心情と重なるものがあるのかもしれない。彼らにとっては、たとえ無くなってもいつまでも支えてくれるだろう。そして、一本松の子孫達が、いつか海岸線を埋め尽くすほどに育ってくれることを願って、陸前高田を後にする。



本来なら、市街地の様子と名古屋市の支援というのがどう役に立っているのか、市民の一人として見に行きたかったのだが、市内には全く入れなく残念至極である。


ともあれ、当初の目標を達せられたのには変わりない。その点においては、今回ここまで連れて行ってくれたタクシー運転手には改めて感謝したい


そんなタクシー運転手とは、気仙沼駅でお別れ。
その後は、遅い昼食を食べ、時間になるまで気仙沼駅で待機
お土産や間食を近くのキオスクで買う。とにかくそこで入り浸れるほど重宝させてもらった
入り浸れると言えば、駅構内ではNHKが流れており、たまたま日本ハム×オリックスの試合がやっていたので、これがまたいい時間潰しにもなった
JRに関してもほぼ動いていたのだが、気仙沼線に関しては大雨で鉄橋が冠水したため半日動かなかったらしい14時台に動くはずだった電車は16時台になってやっと動き、その後きちんとダイヤ通りになったのかはわからない。というのも、その約30分後にはバスに乗って仙台に戻ったからだ

仙台に着いたのは19:24。色々寄ってホテルには20時頃。この後寝オチし、夜中に起きて晩ご飯を食べ、翌日の準備をしながら1日を過ごすのだった。


次回は2日目の様子を書いていきます。


いっぽんの松いっぽんの松



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Posted by alexey_calvanov at 23:25Comments(0)TrackBack(0)

2012年05月06日

1年経った被災地を巡る 気仙沼 -仙台から120km-

5/4~5/5まで、宮城県を中心に回ってきました。
5/4は、仙台から気仙沼を経て、岩手県の陸前高田へ、再度気仙沼から仙台に戻るというルートで回ってきました。
東日本大震災から約1年、被災地の現状がどうなっているのかを見て、私なりに色々考えてみたいと思っています。


ホントは当初、飛行機でいわて花巻空港から一関を経由して陸前高田に入ろうと思っていたのですが、チケットを取った後に夜行バスが取れることが発覚。キャンセル料を考えると少々痛かったですが、それでもフライト料と比べれば安かったので、急遽変更。当初考えていた仙台起点で動けるようになりました。

結果、この変更が大いに機能したのは言うまでもないですが。


5/3に名古屋を出発。てっきり新潟経由で行くのかと思ったら、まさかの東京経由。
牧ノ原・海老名、そして栃木県那須町にある那須高原サービスエリアを経由して、仙台に。

実は、この日、日本を縦断した爆弾低気圧とも言える発達した低気圧の影響で、5月に入ってから西から順番に全国的に大雨になり、私の住む名古屋は5/2、これから向かう東北方面は5/3から大雨になり、その影響がわずかながら残るという状況でした。途中東北道の一部が速度規制をかけられるくらい路面が冠水しておりました。雨自身は確かにひどい部分もあったものの、思った以上に天候は良い。曇ってはいましたけどね。


7:15仙台(広瀬町一番通)に着。
ダイヤ通りの時刻に到着。あの天候の中よく着けるものと驚愕。
ここで、気仙沼経由大船渡行きに乗るか南三陸経由気仙沼行きに乗るかで迷っていたのですが、時間に余裕のある南三陸経由で行くことに
結果1時間余裕ができるので、近くにあったマックで朝マックすることに
マクドナルドのアプリを落としておくと、朝マックの一部が安く頂けたので早速活用。スマホでよかったと思う瞬間である(もちろん、ケータイでも可能なのは言うまでもない)。

しかし、今回は○時間待たされることが多く、その際どうやって時間を潰そうか・・・となると思っていたのですが、実際のところあまり時間が無いんじゃないかと思わされる次第。特にこの先向かった杉ノ下地区ではそれを思い知らされることに・・・


ISW11F_02508:10の定刻通りに南三陸経由気仙沼行きの高速バスに乗れたのですが、これまた大雨の影響で南三陸町に行けないとのこと。そのため、南三陸町部分の停留所はショートカットして一気に気仙沼方面に向かうことになりました

写真の通り、雨は時々降るというレベルだったものの、河川は濁り普段よりも多いと思われる状況に。よく見てもらうとわかりますが、木々が水に漬かっています



今回のルートは、三陸道の登米インターチェンジから一般道に入り、赤牛海岸・大谷海岸を経由し目的地である階上(はしかみ)公民館に向かいました。


ISW11F_0264階上公民館から歩いて5分ほどで目的地の入口になる岩井崎入口に。
ここから車で5分(徒歩でおよそ20分)で行け、状況によっては吹き潮が拝めます。
岩井崎あたりは石灰岩の岩場になっており、古生代の化石が採れるほど(ただし公園かつ天然記念物なので、採取は不可)



ISW11F_0263そのすぐ先にある踏切。
鳴らない、踏切。休止中となっているのが何とも切ない。



ISW11F_0262レールはこの踏切の先で無くなってしまっている。
津波で流されたのか、一時的に撤去してしまったのか、ここから見た限りではわからない・・・。



ここでの滞在時間が約1時間半。十分回れる時間だと思っていたのだが、場所がわからずさまよっていたら、予定時間を大幅にオーバー。大変なことになってしまう。
実のところ、素直に舗装された2車線の道をまっすぐ歩き、途中(突き当たりとも言える)にあるお寺の角を曲がって、道すがらに行けばよかったのだ。しかしながら、途中で入れる道があると思って曲がってしまって、文字通り泥沼にはまる


ISW11F_0253しかし、その泥沼にはまることで被災地の現状を見られたと思う
少し歩くと、目に見えるのががれきの山
しかもご丁寧に「墓石」・「布団」などと種類ごとに選別されて



ISW11F_0254道路に関しては、津波の影響かアスファルト面が剥がされているところが多く、道はぬかるみになっているところも多々あるというふう。大雨の影響でそのあたりが如実に表れ、歩くのには非常に骨を折ることになる。
写真のように、元々住居だったところや田畑だったところにがれきが置かれ、写真下のようにふたが無くなっているマンホールもある
人々の営みがあったのだ。



ISW11F_0255さらにそれを見せつける証左がこの写真。
家の塀が人々の営みがあったことをさらに強め、津波の大きさと悲惨さを伝えてしまう結果に。
写真には写っていないが、井戸もあり、長いことここで生活していたのだろうと思われる



慰霊碑が見つけられず、文字通り泥まみれになりそうに、道なき道をさまよいながら、ここではないかと思うところを見つけ出し、やっと見つけ出す。


ISW11F_0257これが、その杉ノ下地区(正確には波路杉ノ下地区)にある慰霊碑。場所(経路)は先程書いた通りなので割愛。
この慰霊碑の経つ場所はおよそ標高18mにある。のにもかかわらず、震災後の津波がここを襲い、全てをなぎ払ってしまったのだ。

以下、この慰霊碑に刻まれた碑文を全て記載する。


絆 あなたを忘れない

『ここに居れば大丈夫だ』
しかし、無情にも第一波で
下手から家や車が押し寄せ
そして、第二波、第三波が・・・
九十三名の尊い命と
全ての財産が海へと散った
あの一声が無情の叫びに
私たちはあなたを忘れない
今までありがとう
こころやすらかに



ISW11F_0260同じ慰霊碑の裏面。
この後紹介するこの一文を見たいがために行ったようなものなので、実際見た時には、あまりに圧倒され、感慨深くなり涙が溢れそうになる
同じく全てを記載する。


東日本大震災の爪痕

平成二十三年三月十一日(金)
午後二時四十六分

マグニチュード九・〇
津波の高さ十八メートル

千年に一度と言われる大地震と
巨大津波に襲われた杉ノ下地区は
壊滅的な被害を受けた

地区民三百十二名、八十五世帯の
家屋は、巨大津波に飲み込まれて
土台を残してすべて流出

七十五世帯、二百十九名が
避難生活を余儀なくされた

平成二十三年十二月十日
残されていた全壊家屋が取り壊され
杉ノ下地区から全ての家屋が消えた

この悲劇を繰り返すな
大地が揺れたらすぐ逃げろ
より遠くへ・・・より高台へ・・・



ISW11F_0258この日は低気圧の影響で荒れてはいるものの、普段は恐らく穏やかな波なのだろう。
この景色を見て、ここまで津波が襲ってくることはないだろうとタカをくくってしまう気持ちがよくわかる
そして、この景色を見て、ここまで津波が襲ってきたのだと、思うとやるせない気持ちにも切ない気持ちにもなり、再び目から涙が止まらない



実は、道に迷った時、昔からある慰霊碑も見たのですが、慰霊碑の前に骨(まさかとは思うのですが、人骨ではないことを祈る)が置かれており、あまりのセンセーショナルさに目を背けそうになったほどだ(もちろん写真を撮れる気にもなれない)。
ただ、その慰霊碑にはどうも昔から大きな波が押し寄せることが書かれており、地区名を見る限り、大波が襲ってきてもおかしくない場所だったのだ。
普段から対策を練れば・・・と言ってしまえば、それは後の祭りだったのだろうけど、これらの慰霊碑を見て、後世の人達が地震や津波に対する策を一つでも施してくれればと思ってならない


さて、バスに乗り遅れた私
道すがらにタクシーの停留所があったので、わらをもすがる思いでそこに向かう。
気仙沼駅までと言ったらOKだったので、行ってもらうことに。予定外の出費だったが、織り込み済みでもあった。


次回は気仙沼から陸前高田に向かう話をしていきます。


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Posted by alexey_calvanov at 23:54Comments(0)TrackBack(0)

2012年05月04日

雨に降られ、雨に祟られ

ISW11F_0266今回の旅で今日何回もお世話になる気仙沼駅。
町のシンボルになるサメやカジキマグロが震災後も変わらずに私達を迎えてくれます。



しかしながら、先日から降る大雨は今回の旅にも大きな影響を及ぼし、バスが運休になったり、ルート変更を余儀なくされたりと散々。それでもタクシーが普及してたおかげで何とかなりましたけど、予定外の出費がかさんでイタいことには変わりない(でも得たものは多かった)。


ISW11F_0277そんなこんなで、やっとお昼にありつけた
駅そばの食堂で注文した気仙沼らぁめん。中にサンマかいわしのつみれが入っています

味に関しては普通。インパクトはないけど、あっさりとしていて美味かったかと。



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Posted by alexey_calvanov at 15:41Comments(0)TrackBack(0)

2012年05月03日

再び東北へ・・・

大型連休真っ只中、明日(5/4)と明後日(5/5)、約1年ぶりに東北に行って参ります


去年は震災直後というのもあって、仙台と石巻だけでしたが、今年は、前にも書いた通り、仙台を軸に気仙沼・南三陸・石巻、そして陸前高田に行って来ます
2日間というスケジュールでは、どう頑張ってもこれが限界でしたね・・・。公共交通機関が寸断されていると言ってもいい現状、代行バスだけでは限界があるということをスケジュールを夜中に組んでいた際、まざまざと感じさせられました。

大きな目標としては、陸前高田の現状を見たかったのといつ無くなるかわからない奇跡の一本松をこの目で見ておきたかったこと、気仙沼・杉ノ下地区にあるという慰霊碑や全壊になってそのままになっている南三陸町役場をこの目で見ておきたかったこと、そして1年経った石巻を訪ねたかったという点でしょうか。
天候がまだまだ思わしくないかもしれないとのことですが、せめて寒くてもいいから雨じゃなく曇りであってほしいと心から願うばかりです。


・・・え、この時間に何で書いてるのかって?それに気付いたあなたは鋭い。その下りはまた後日にでも。


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Posted by alexey_calvanov at 21:55Comments(0)TrackBack(0)

2012年04月23日

2012年の大型連休の計画を練り始める

今年も大型連休(ゴールデンウィーク)が近付いてきました。
今年は大型連休が前半3日、後半4日という編成になっているので、上手く有給がもらえれば9連休となるようで・・・。まぁ、関係ない話ですが(苦笑)。


とりあえず、今回は後半の4日間のうち2日間(夜行で乗って帰るので実質3日間)使って回っていくつもりです。
その回っていくところは、東北の被災地、特に被害が甚大だったとされる陸前高田・気仙沼・南三陸の3ヶ所と昨年回った石巻の計4ヶ所です。
ホントは行きも夜行バスで回って行ければよかったものの、既に完売状態。仕方なく、今回は岩手県の花巻市から入ることにしました。いわて花巻空港からならば、一関市まで新幹線で乗っていかなければならないものの、宮城県気仙沼市や岩手県陸前高田市にも一気に回れるようになる・・・んですけど、その接続の悪さと、接続できてもギリギリな部分もあるため、正直今回はかなりの綱渡り。そのため、今回だけは慎重に調べてスケジュールを組み立てて動くことになりました


初日で陸前高田市・気仙沼市を回って仙台市に。2日目で南三陸町と石巻市を回って仙台市に帰るという予定で動きます。

陸前高田では一本松を、気仙沼では杉ノ下地区に行って来て慰霊碑を見に行って来ます(気仙沼に関しては市街地を回れる時間ができそうなので、それなりに見て行けそう)。
南三陸では津波で壊滅的打撃を受けた町役場を見て参ります。あれほどまでの衝撃を生で見て、津波のすさまじさを感じてくる予定です。
石巻に関しては、去年見に行った石ノ森萬画館周辺を見に行きたいと思っています。ただ30分ほどしか滞在できないので、正直どこまで見て行けるのかわかりません


被災地を見て、現状を噛みしめ、復興が進んでいるのかを実際に見ていこうかと思います。


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Posted by alexey_calvanov at 23:56Comments(0)TrackBack(0)

2012年03月11日

東日本大震災、あの日から1年

今日で東日本大震災から1年になりました。今日は各所で半旗が掲げられ、閣議内で震災発生時刻には黙祷を捧げて頂くようお願いする呼びかけがなされていました。


被災地よりはるか遠くでも感じられた大きな揺れは今でも忘れることができません。それを思えば、被災地の揺れは相当なものだったと思うし、その後襲った津波に関しては、私達の想像を超えるものだったのかもしれませんテレビで流れる映像や報道写真でさえ、いまだに信じられないくらいにすさまじいものだと感じるのに・・・。


今日はテレビ(4大ネットワークとNHK)を中心に特別番組を編成するところが多いように思えました。その編成に賛否両論あるものの、私自身、あの震災を忘れないためにも今日は徹底的にあの日を検証し、今後起こるであろう災害に備えるための教訓にしていかなければならないと思います。それゆえに積極的に東日本大震災の検証・支援をするNHKの姿勢には頭が下がるばかりです。公共放送としての責務を十分に果たしていると思います。
ところで、今日の特番の中で流れる番組の証言や映像を見ても、その凄惨さはとても言葉では語り尽くせません
7時のニュースで流れていた、宮城県気仙沼市杉ノ下地区で、高台に逃げても津波が想像以上に高かかったがために避難した人が襲われ、地区の1/3近くの人達が犠牲になったことを教訓に建てられた慰霊碑の一言で思わずもらい泣きをするほどでした。
その一言は、「揺れが来たら、今すぐ逃げろ。より遠くへ・・・より高台へ・・・」。大丈夫だろうと思ったがために起こった悲劇。無念だったに違いありません。


今年の大型連休に行けるものなら再度東北へ訪れたいと思います。回れるなら、昨年訪れた石巻、ニュースで取り上げられた慰霊碑のある気仙沼、そして一本松のある陸前高田に。
本当ならすぐにでも行きたいものですが、3連休以上の連休が今年はないのがここまで痛いとはなぁ・・・


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