2018年11月27日

もうやだ名古屋市長

河村たかし名古屋市長は、ナガシマリゾート周辺にカジノなどIR(統合型リゾート)を誘致しようと宣った。この発言に三重県知事も愛知県知事も呆れ顔バカも休み休み言えという本音が漏れ伝わってきましたよ。


まぁ、河村さんの独善的な言動は、今に始まったわけではない
800万の議員報酬しかり、あおなみ線にSLを走らせるしかり、名古屋港に大規模な国際展示施設を作ろう(逆に中部国際空港のヤツには断固反対のようなコメントを残している)しかり、名古屋城は木造で作り直すしかり、名古屋城には障害者用のエレベーターは付けませんしかり・・・。そして、今回の発言。周りのことはお構いなし。自分の都合で何か通そうとするあたり、もしかしたらアメリカのトランプ大統領が何年も前からいたんじゃないかと今になって思うほど(苦笑)。
もちろん、堂に入った部分もあるものの、たいていの発言は的外れというのか周囲が見えていない、稚拙な部分が目立つのよね。今回の発言は稚拙もいいところで、相手に不快感を与える、名古屋市は東海3県で一番偉いんだぞというおごりさえも見える、同じ名古屋市民として恥ずかしい発言ですわ。

この場合は、ナガシマを軸に三重県や桑名市、そして愛知県と一緒にやりたいわねレベルでよかったんだろうに。これから各々に根回ししてみますでいいんですよ。もう方々からOKもらったかの言い方だもの。そりゃ呆れる。短気な人なら、とさかに来てるぞ・・・。


名古屋市の皆さん、ホントに河村さんをこのまま市長に据えていいんですかね?彼に変わってから名古屋市でいいことは、あんまりないように思えるんですよ。そろそろ変えましょうよ。このままじゃただのイカれたおじいちゃんが長になったお粗末な街と思われかねない。


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Posted by alexey_calvanov at 23:59Comments(0)

2016年11月23日

市民も納得

先月、名古屋市が主要8都市(札幌・東京(23区)・横浜・名古屋・京都・大阪・神戸・福岡)に対してブランド調査をネット上で行ったところ、行きたい街として最下位になったという衝撃の結果を思い知らされることに。それを受けて、市民に同じくネット上で緊急アンケートを行ったところ、この結末になったことを仕方がない・当然と受け止める人が合わせて8割になっていることが明らかになり、河村たかし名古屋市長は、「名古屋民族の誇りが必要」と述べる有様になりました。

今回行われた緊急アンケートで、行きたくない街として選ばれたことに、残念だが仕方ないと答えたのが60.4%、当然と答えたのが21.1%となり、全く違うと思うの8.7%を大きく上回り、名古屋市民の中でもどうしようもなさを感じていることがわかります


まぁ、そうなるわな(苦笑)。私が答える時も当然と言っているだろうね。そこに河村市長のお寒いコメント。何が「名古屋民族の誇りが必要」だ。アホかと。そこまで変なナショナリズムを煽るなと。名古屋人とは思うけど、名古屋民族なんてこれっぽっちも考えたことが無い。それも地元だからという思いでの『名古屋人』ですから、河村市長の言うような視野狭窄的なコメントのようじゃないと敢えて言いたいですわ。もうダメだわ、この人。


・・・と、愚痴りたいのは置いておいて、魅力的な施設が無いというのは言い得て妙ですわ。
象徴的な建物、挙げれば名古屋城かテレビ塔とかJRタワーズとかあるんだけれども、皆展望台のある建物ばかりじゃんとツッコまれそうで(汗)。東京でいうところのアキバ(秋葉原)・原宿・渋谷、大阪でいうところのキタ(梅田)・ミナミ(道頓堀)ってところもないのよね。肩を並べられるかなと思えるのは、栄・名駅・大須くらいかねぇ・・・。
今年は特に週刊誌などで『名古屋叩き』がありましたから、余計にこんな結果になったんだと思います。


来年以降レゴランドのような魅力的な施設が本格稼働するので、新施設が頑張ってほしいですね。


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2016年09月02日

名古屋の仲間に入りたいがね

名古屋市の北にある(文字通りの名前の町である(苦笑))北名古屋市が、名古屋市との合併に向けて名古屋市と協議を進めたいと申し出ていることが明らかになりました。平成の大合併以来、大規模な合併劇になりそうです。


これは今月1日に北名古屋市の市議会定例会で市長が明らかにしたことがそもそものきっかけ
市制10周年の時に記念式典に出席していた河村たかし名古屋市長が「北名古屋も名古屋も同じ。江戸時代尾張名古屋は同じだった」と広域連携に意欲を見せていた発言を聞いて、市議が動いたのが合併話の鏑矢となり、北名古屋市選出の愛知県議会議員も連携して名古屋市と北名古屋市周辺の市町選出の議員と水面下で情報交換を行い、北名古屋市議会の最大会派も巻き込んで下地を作っていきました。そして最終的には市長が合併に向けて話をしたいというふうに述べるにまで至ったのです。
そもそも旧師勝町・旧西春町時代から名古屋市への回帰は胎動としてあり、北名古屋市になってもその流れは無くなっていませんでした。実は、ごみ処理など一部の業務は名古屋市と連携して行っている(ごみ処理施設も名古屋市との共同で建設予定)ことから、名古屋市に依存している部分もあり、仮に名古屋市の一部になっても、住民にとってはデメリットどころかメリットの方が多くなって、かえって住みやすくなるのではないかとさえ言われていました。

またいみじくも市長の思いにあった東海豪雨の際の経験から、小さな町では予算も限られ苦しいという側面も合併を後押しする理由となり、実際北名古屋市の実現に至っているわけです。


しかし、合併を受け入れる側の名古屋市の方はというと、河村市長だけがウェルカムと言っている状況で、市の幹部などは反対までは出ていないものの、どうしようかという困惑の目で見ているふうですね。
実は、過去にも北名古屋市だった旧師勝町・旧西春町など西春日井郡の7つの町には合併話も出ていましたが、松原武久元市長は7つの町がまとまって意見した時に検討すると消極的だったこともあり、ご破算。その後は北名古屋市・清須市・豊山町というふうになりました(豊山町のみそのまま残った形になる)。


なお、名古屋市が他の町を合併したのは1964年の旧有松町・旧大高町が最後。実に52年ぶりに降って湧いた話なため、困惑するのも納得。さすがに1963年の旧鳴海町の時のような流血騒ぎまでは起こらないでしょうけど、最終的には住民投票というふうになるのでしょうね。
しかも、今回の合併劇は北名古屋市だけに留まらず、清須市や豊山町にも影響を及ぼしかねないとのこと。先述の通り、一斉合併なら検討と名古屋市の松原元市長が述べていたように、温度差があるものと思われます。もしかすると段階的に合併が進んでいくというふうになるのかもしれないですし、名古屋空港のある豊山町だけは合併に参加しないという流れにもなるのかもしれません。逆に河村市長の述べている尾張旭市など周辺の市町村との合併話が降って湧いてくる可能性もあるだけに、今後の動向が気になるところですね。


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2014年11月23日

たった一人のせいでもたらした大失態

名古屋市中村区、堀川のほとりに立つ老舗鶏料理店だった鳥久。経営不振に伴い今年の3月に閉店していたそうです。
この店は個人的にもよく知っていて、もちろん行ったことはないですけど、昔働いていた会社の関係でここの名前が出てくることがあり、実際一緒に働いていた人が出向だったかで鳥久に働くことになったという話を聞いていますヘマをすると「鳥久で働かせるぞ」という話もしばしばだったので、相当厳しい仕事環境だったのだろうと。

その鳥久の建物は江戸時代末期からあるとされる木造建築物(地上2階・地下1階)で、戦前は料亭として著名な作家が訪れたとのこと。鳥久自身有名な鶏料理店でしたからね。


その鳥久の建物を所有する会社が、閉店した建物を取り壊し、マンションにしようと計画し、市に取り壊しのための道路所有の許可をもらおうとしたところ、それに待ったを掛けたのが河村たかし市長。何でも貴重な木造建築物なので保全してほしいと働きかけていました。実際市の担当者が代替地を所有会社に示していたものの、折り合いが付かないばかりか河村市長の独善的な判断で占有許可は期限を迎えても下りなかったため、遂に道路占有がなくても取り壊しができる手作業での取り壊しを始める事態になりました。
その数日後、つまり11/22の深夜に建物が全焼。まだ失火なのか放火なのかはわかっていないものの、ここ数日は建物内外でのいたずらが絶えなかったということです。


今回の一件は明らかに河村市長の怠慢が招いた結果で大失態ですよ。自分の勝手な想いだけでここまで至らしめたのだとしたら、河村市長は生活の掛かった人間を追い詰める結果になっただけでなく、自身が思っていた重要な建物を焼いてしまった『犯罪人』ですよ。
鳥久が建物解体にこだわったのは、お金が稼げるだけではなかったはずです。周囲の建物は実際ビル群の中に埋もれるような形で残っており、正直そこだけ浮いているようにも感じます。そのため、河村市長の挙げる保存の構想は正直無理があります。仮にそこだけ保全しても、街作りの中で堀川全体を江戸時代なり明治時代の古い建物を集める形にしなければ意味がないと思います。代替地の案もろくすっぽに相手していたのではないのでしょうか。金額と場所の折り合いが付かないのも場所柄を考えれば、提示場所によりますけれども納得です。しかも、河村市長は折れると踏んでいたフシがあったようで。どこまで人間を舐めているんだと。


本気で保存を検討していたのならば、移築で対応できたはず。わざわざビルの建っている中で保存するのではなく、きちんと保全された市の所有地に移して当時の趣を再現させた方がより生きるのではないかと思います。


しかしいたたまれないのは所有業者。生活のために壊していたらこの火事。状況次第では別に支払いが発生しないか心配でなりません。ここまで舐められたのなら、今回の一件は徹底的に市と争うべきだと思います。早いこと移築なり取り壊しなりを示していれば、こんな結果にならなかったのですから。


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2014年05月28日

かねてからわかっていた協議離婚

石原慎太郎・橋下徹両氏が共同代表を務める日本維新の会が、名古屋市内で協議した結果、分党するという結論に達したそうです。事実上の協議離婚となったわけです。


日本維新の会は、橋下共同代表が設立した大阪の地域政党の大阪維新の会の全国組織版とも言える政党だった旧日本維新の会石原共同代表が設立した太陽の党が合併して設立されたもので、その当時は太陽の党が吸収合併されたとまで言われていました。しかしながら、石原さんは日本維新の会の初代代表に座ることになり、代行(当時)になった橋下さんより存在感がある、下手をしたら乗っ取るのではないかとまで言われたほどです。
当初はその二人三脚も上手く行き、衆議院では第3党にまで躍進していました。しかし、東日本大震災以降、そのほころびが見えてきて、その度に解党ないしは分裂の危機が叫ばれました。特に大きな食い違いは、原発政策・自主憲法の制定の是非、そしてみんなの党(みんなの党分裂後は結いの党)との合流の是非です。


今回分党の意思を表明したことで、旧太陽の党に所属していた議員を含めた10人程度が日本維新の会から離脱するものと考えられています。詳細は明日(5/29)以降の石原共同代表の会見で明らかになるとのことで、状況次第では予断を許さないふうになるでしょうね。


しかし、かねてから言われていた分裂は不回避になり、世間の予想通りの結果になったとも言えて、残念でもあり、バカだなともいえるふうですし、こういうのが政治不信を招くんだよと。民主党の時(いや、野党だった自民党の頃からか)から散々やらかした野党のゴタゴタは、いつまで経っても直らない。これじゃ自民党の『独裁政権』は続きそうですな。

恐らく、旧太陽の党に付いていく人達は10人では利かないでしょう。若手・中堅の一部が付いていくとのことなので、石原共同代表などの支援で当選した人達が、その中に含まれそうですね。
また、たちあがれ日本か太陽の党の名称を復活させてこれから先挑むのでしょう。あとは、橋下共同代表がいかに引き締めを図るかになってくると思います。最悪除名も出てくるのはないかと思いますね。そうやすやすと平和裏に終われるわけがない。


さらに、今後の政界再編にも影響が出るでしょう
日本維新の会は問題なく結いの党との合併に移行すると思います。
残った旧太陽の党の人達は、もしかすると基盤がぐらついているみんなの党との合併を視野に入れてくるのではないかと思います。発言力の低下が避けられないため、少しでも存在感を大きくしたいというのがまず一つ。さらに、政策的には近い部分が多いというのも理由でしょう。何より、渡辺元代表が政治資金の一件でやらかし、新しい代表の下でも求心力の低下で危機的状況であるのは変わっていないはず。そうなるとカリスマ性がある石原共同代表を担ぐ勢力が出てきてもおかしくないわけで、全部を吸収できなくても、過半数を吸収できれば存在意義が高まるのではないかと思います。

そして、名古屋の地域政党である減税日本にも影響を及ぼすでしょう。
なぜここでこの政党が出てくるのかというと、現在生き残りを掛けて結いの党や日本維新の会との合流を視野に入れているからです。しかし、元所属議員がいることに憤りを隠せない河村市長が彼らを外せと息巻いているそうで。もちろんそんなのには乗れない日本維新の会と結いの党の関係者。
来年の統一地方選挙にまで時間のない河村市長は、ウルトラCで石原共同代表に擦り寄ってくるんじゃないかと見ております。まだ誰も元所属議員がいない今がチャンスと電撃的に会談を仕掛けてくるのではないかと個人的には見ています。
しかし、過去に行った際には物別れに終わってるのよねぇ・・・。かなり厳しい交渉になると思いますし、河村市長と石原共同代表とソリが合うとも思えない。いっそのこと共倒れ・・・いえ、何でもありません。


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2011年10月25日

壮大な社会実験 その結末は・・・ 中編

10/21~10/23に行われた「ちょい乗りバス」と10/23に行われた栄交差点~矢場町交差点の大津通で行われた歩行者天国、双方の社会実験について書いていく中編。
中編では歩行者天国について。


栄交差点~矢場町交差点の歩行者天国は、河村市長の肝いりで行われたもの。確か、先月にも歩行者天国が行われ、今後も月1回以上の社会実験を経て、この区間の歩行者て谷を実施するか否かを決めていくのだと思われます。

この歩行者天国の目的は栄・矢場町地区の活性化。
それまでの中心は名駅と栄でバランスを保った状態、ないしは栄地区の方が優勢な状況でしたが、セントラルタワーズ完成以降、特にここ数年は名駅地区の再開発で名古屋市の中心と活力が名駅に奪われる傾向が強くなっていました。
そこで、かつてのにぎわいを取り戻そうということで、河村市長は栄地区のテコ入れを考えていました歩行者天国実施の前には、広小路通(名駅から栄を経由して東山公園に向かう通り)の歩道の幅を広げようとする案を出していましたが、議員や有識者の反対で実施できなかった経緯がありました。
そこで、歩道を広げるのではなく、歩道を一時的に作るという発想で、歩行者天国にしたのでしょう横の広小路通を潰すよりも、並行して100m道路(久屋大通)が走っている大津通を潰して行えば、矢場町も活性化して相乗効果が狙えるのではないか・・・という発想で行われたのでしょう。


しかしこの歩行者天国というのは、思いのほか面白みのないもので・・・
アキバの歩行者天国に行った人はわかるかと思いますが、イリーガルな部分はあるとはいえ、通りにはストリートパフォーマーが随所に現れ、自己表現の場になっていました。また、他の地域の歩行者天国では、露店や屋台が出て、飲食も楽しめるものになっていました
ところが、今回行われた歩行者天国はそういったものは一切なしあってもレストスペースが数か所あるだけで、基本ただ歩くだけのものになっていました。
それでも、物珍しさも手伝ってか大勢の人が、ただ歩いていました何もするわけでもなく、本当にただ歩くだけです。
確かに自転車に乗っての移動禁止(降りて進むことが徹底された)やパフォーマー行為の禁止もあるがゆえに、こういう無味乾燥なものになってしまったのでしょうが、これでは先行きが思いやられるなと。
街の活性化を促したいのならば、少しでも地域の活性を促せるだけのアクションを起こさなければならないのではないかと。
例えば、パフォーマーは禁止するのではなく、警察など所轄の許可をもらった人達が特定の場所で行うのであれば、盛り上がりの一助になるのではないかと思うし、露店や屋台も積極的に出していけば、それだけでも地域の活性化に繋がるはず出せる店をその地域で店舗を出している店のみにするのであれば、その恩恵を濃厚に受けられるのではないかと思います。


歩くだけでは盛り上がりません。もっとその先を考えた盛り上げをしないと、ただ道を塞いだだけになるのではないのでしょうか
全く河村施策は詰めが甘いと思わされた一つの事象と相成りました。


さて、次回は「ちょい乗りバス」の問題点をコメントしていこうと思います。


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2011年06月27日

岐路に立つテレビ塔

名古屋市中区にある栄地区。言わずと知れた名古屋市の中心地のひとつであり、市内有数の繁華街でもあります。
その中心に建っているのが名古屋テレビ塔(以下テレビ塔)。国の登録有形登録文化財として、栄地区の象徴や観光スポットとしてだけでなく、東海3県のアナログ放送(NHK総合および教育・CBCテレビ・東海テレビ・名古屋テレビ)の電波を放出する電波塔としての役割も持っています。
電波塔としての役割は今年の7月24日、つまりアナログ放送の終了をもって終わることになります。
既にポスト電波塔として、観光スポットの面としてのテレビ塔を強化しており、かつて30mからの展望が見えるエリアだった3階と4階はレストランとギャラリーになり、新たな観光客や市民の取り込みを図っています


ところが、思わぬところで岐路に立たされようとしています
アナログ放送の電波塔としての役割を終えるため、その施設が置いてあった部分を飲食・物販スペースとして改築を予定し、2013年のリニューアルに向けた基本計画を策定するとしていました。ところが、耐震改修費の15億円がテレビ塔を運営する会社がねん出できないということで、出資者の一つである愛知県と名古屋市に泣き付いてきたわけです。
当初は、「名古屋市(ここで言う名古屋市とは職員や議員・市長という意味)だけでは決められないので、市民の合意が必要」として回答を保留し、今年夏(つまりは地デジ移行以降)の着工の延期と規模の見直しを求めてきました
もし、名古屋市・愛知県からの支援が得られなければ、収入(3億円)のうち、3割(約1/3)にあたり、アナログ放送機器設置料にあたる1億円が吹っ飛んでしまった後では、観光業だけでの収益だけでは耐震改修費をねん出できないため、最悪の場合、テレビ塔解体にまで至ってしまうとしているわけです。

そういった危機感からか、出資者の長でもある河村名古屋市長が、「国の有形登録文化財なので壊すということはないだろう。個人的な意見ではあるが、解体は絶対にない。名古屋のシンボルとして残したい」と発言広く市民に意見を求める意向を明らかにしています。


確かに、名駅の超高層ビル群が立ち並ぶ中、名古屋城と並び名古屋のシンボルとして残ってほしいのが本音です。
ただ、テレビ塔を残すためにいくら使うのかは気になるところでもあります単に15億円で終わるのか、それともさらに増大するのか・・・?この点が解消されない限り、難しいでしょう。
国の登録有形文化財であるので、河村市長の言うように、そうやすやすと壊されるとは思っていません。私自身は、市民が名古屋の象徴として残そうとする動きが残っている限りには、壊さまいと思いたいです。

税金をつぎ込むのは最後の手段として残しておいて、当面は募金活動から初めていくべきではないかと思います個人だけでなく、産業界からも積極的な活動を行っていけば、時間はかかれど必要とされる15億円は達成できるものと思います。


ぼくらの名古屋テレビ塔 (名タイ昭和文庫)ぼくらの名古屋テレビ塔 (名タイ昭和文庫)



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2011年06月09日

地元の恥 -公約とは何なのか-

はらわたが煮えくりかえっております。

減税日本唯一の議員経験者で、名古屋市議中選挙区選出の則竹勅仁(のりたけくにひと)元議員が廃止すると訴えていた費用弁償と政治的活動でしか使えない政務調査費で、自身の連帯保証人として受けていた負債の返済や選挙資金に充てていたことが発覚し、辞職に追い込まれました。
ただ悪いことをやりました、だから辞めます・・・ではない。費用弁償に関してのみ、自らが掲げた公約を反故にしてまでこっそりと受け取り利用していた、またバレるのを恐れ奥さんの口座に付け替えたり、支持者に肩代わりしてもらったばかりでなく、バレそうになったら必死で隠そうとしていたというのだから性質が悪いし往生際も悪かった。潔く辞めたことだけは評価できるけれども、それは減税日本の代表でもあり、『先生』でもある河村市長に半ば促された形での辞職だから、5段階の評価で言えば最低の評価しかできないくらいの体たらくなのですよ。


則竹元市議は、先程も書いたように、河村市長とは愛弟子とも言える関係で、河村市長が衆議院議員の時代から秘書の一人として付いてきていました(同様に河村市長の秘書から出世した人として、佐藤夕子衆議院議員や田中美絵子衆議院議員が挙げられる。特に佐藤議員は無所属ながら減税日本とのパイプ役を買っている点・河村市長の地盤を引き継いだ点について見れば、則竹元市議と同様愛弟子のような関係と言えよう)。民主党市議団で活躍したものの、河村市長が市長選に出馬以降は河村市長と行動を共にし、後に公約にした費用弁償を訴えたため除名。後に減税日本の立ち上げと同時に移籍し、リコール運動から端を発した議会騒動時は『唯一の議員』・『唯一の河村支持議員』として孤軍奮闘していたこともありました。

市議会のリコール成立に伴い行われた選挙以降は、28議席と第一党になった党の団長として活躍しようとした矢先、議員報酬を巡る齟齬(そご)で新人議員達との調整ができなかったばかりか、公約に掲げていた費用弁償で受け取っていないとしていたはずが、実はこっそり受け取っていたことがわかってしまったわけです。


結局、今回の件でわかることは、「(減税日本が掲げる)議員報酬800万ではやっていけませんよ」ということです。そう言ってしまったわけですよ。例え、親の借金の肩代わりをするための親孝行的な行為だったとしても。こんなことは例外ですよと言っても。何かかにかで今後必ず「800万ではやっていけない」というのが出てくるはずです、大なり小なり。則竹元市議はそれを見せてしまったわけですよ。

そして、先に触れましたが、則竹元市議は河村市長に促される形での辞職になりました。もし河村市長が「大丈夫だ、問題ない」と万一言ってしまっていたら、減税日本は分裂する可能性を含んでいた(それを公然と言っている議員がいたからビックリした)わけだからもっと困ったものです。しかも自分達が攻撃しやすいと理由で残るべきだとささやいた既存政党の議員達も相当下種だなと。
前者は有権者の投票行動を何だと思ってるんだと言ってやりたいし、後者の場合はそれでもお前らは政治家なのかと言ってやりたい。そんなことを言ってるヤツらには絶対議会改革はできない!断言してもいいくらいです。


正直これは名古屋市の政治不信・議員不信を極めて増長させてしまった行為で、今いる議員全員もう1回みそぎを受けろと言いたくなるほど、つまりもう1回リコールで解散させたくなるほど怒りがこみ上げています(実際はリコールをしたら1年できないらしいのですが、そのあたりは詳しくないので割愛)
そして、則竹元市議の『先生』でもあり減税日本の代表でもある河村市長にも全責任が及ぶのは否めない即刻市長・代表の辞任と減税日本の解散をするべき事態でもあります。それができないのなら、議会を解散させ、自らも辞職しみそぎを受けるべきです。それでも居座るならば、名古屋市民は責任を持って河村市長のリコール活動を行わないといけないわけです。


もう一度言いたい。名古屋市長・名古屋市議会議員は全員みそぎを受けろ!できないなら市民が総出になってでもリコールを使って引きずり降ろすべきだ!


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2011年03月14日

有権者は賢明だったか愚かだったか

3/13にリコールによる解散によって行われた名古屋市議会議員選挙が行われ、即日開票の結果、河村たかし市長率いる減税日本が定数75議席に対して28議席を獲得し第1党になったものの、目標としていた単独過半数の38議席には届きませんでした
既存政党は全て議席数を減らし(候補者を減らして出馬した政党も含む)、中でも市議会第1党だった民主党は11議席と半分近くに減らしたばかりか第4党に転落するという惨敗を喫しました。


一連の結果を絡めて言えば、市政としては最悪の4年になりかねないものの、状況次第によってはその最悪の度合いが緩められる可能性もあると考えられます。

なぜ『最悪』といえるのか?
それは河村市政というのが減税ありきで動いていってしまっているという点です。
その他の政策、一つ目の議員報酬の削減に関しては文句はありません。むしろその余った財政で市政がよくなるのであれば、それは諸手を挙げて歓迎すべきだと思いますし、既存政党の中で反対している人達はなぜそこまでカネにこだわっているのかを問い正したいです。
二つ目の地域委員会も進め方によっては有益だと思います。特に参政権の持たない外国人の受け皿組織になれば、市政がよりよい方向に進められるかもしれません。


しかし、市民税10%減税というのが全くわかりかねます
減税するのはいいのですが、財源がどこから沸いてくるのかがわからない。これはかつて河村市長が所属した民主党政権が陥った事態によく似た状況になるのではないかと思います。また実際に減税を行った愛知県半田市でも減税に伴って財政がひっ迫した事例が発生し、時限減税だったこともあって翌年あっさり行われなくなりました
次に全ての人達に行われるという点で、特に所得の多い人達に行っても効果がないばかりか逆にカネをため込まれる可能性があり、低所得者層にとって減税は10%といえども微々たるものに終わるのではないかとも推察されています。
そのため、行うのであれば、高所得者層への優遇を低減ないしは廃止、低所得者層への優遇を厚くするという所得差による均等を図らねければならないと思います。

また河村市政が借金を借金と思っていない部分も非常に気になります。河村理論としては、借金をすることで財政を回し、減税を行い、減税目当てで名古屋に来た企業から得た収益で借金を返す。以下それを繰り返す・・・というふうだそうです。
市長が再度選任されたということは、市政を再度承認されたと思われてもおかしくありません。この理論を振りかざし、市議会でも攻勢をかけてくるのではないかとも思います。

ただ、単独過半数が獲れなかったので、減税日本はパーシャル連合に追い込まれたとも言えます
現状考えられる相手は、政策がほぼ近く、盟友政党になる大村秀章愛知県知事が率いる日本一愛知の会の連立相手になる公明党、河村市長が所属していた民主党と考えられます。


「市長は河村で結構だが、議会運営まで持って行かれるのは怖い」と考えた市民の賢明な判断だと思いたいです。逆に言えば、既存政党が色目を使って何とか流れを食い止めたとも組織力がものをいったとも言えますが・・・。

その組織力という点では、自民党と公明党がその点をまざまざと見せつけました
自民党は4議席減らしたものの、壊滅的だった民主党と比べダメージは軽微だったとも取れます。出馬議員の24から見ても候補者数の当選率は高い方です。選挙と河村市長の圧倒的な得票率をにらみ、組織の引き締めで有権者や支持者の減税日本への流れを阻止したとも考えられます。
また第2党の座を維持したことも、今後の名古屋市での政権運営だけでなく愛知県を含めた地方政・国政にも影響を与えるでしょう。
さらに先日起こった東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)もその流れを加速させる可能性もあります

しかし最も脅威なのは公明党解散前より2つ議席を減らしたのにもかかわらず、出馬議員を全員当選させたばかりでなく、圧倒的な組織力で選挙を動かしていました。ともすればかなりのチート的な行為を働いたのではないかと邪推してしまいます。

逆に風頼みの面もあった民主党には、ここ1年半以上の政権運営のまずさや河村市長の『離反』も手伝って、壊滅的なダメージを受けたと言えます。また組織力はあっても退潮傾向の止まらない共産党も議席を減らしその流れが止まらないようにも取れます。
そして一時期の勢いのあったみんなの党は、今回議席を取れなかったことで、党の退潮傾向が決定的になったと言えます。今後の地方政・国政でも同様のケースが散見されるでしょう。万一衆議院が解散し選挙になった場合、党の議席が維持できるかも怪しいところです。


さて、これから市政がどう動くのか?混沌のまま再度進行するのか、妥協の果てに善政へと進められるのか。
ともすれば政治家としては素人だらけの減税日本がどこまで進められるのかが見ものでもあります


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