日清食品のカップ麺、色々ありますけど、うどんとそばなら、「どん兵衛」を思い浮かべる人が多いんじゃないのでしょうか。地域によって味が違うのは有名ですけど、今回「日清の利きどん兵衛」と銘打って、さらに細かく分けてきました。今回は、信州そばになる「日清の利きどん兵衛 天ぷらそば 信州」(上)と博多うどんになる「日清の利きどん兵衛 きつねうどん 博多」(下)が登場。再現度も含め、どんな感じになるのでしょうか。
「日清の利きどん兵衛 天ぷらそば 信州」は、かつおだしの濃いつゆが関東のそれよりもあるものだから、ちょっと驚いた。それでも角が取れて丸みを帯びた味わいで、甘さのようなものもあったから、これはこれでいいんじゃないかと。
ちなみに、戻し時間は5分と、普段のそばよりも長め。思っていた以上に長い戻し時間だなと思ったんですけど、麺はもっちりしていて、これもこれでいいですね。濃い目のそばつゆにもっちり太めの麺。とてもよく合いました。
「日清の利きどん兵衛 きつねうどん 博多」は、あごだしのつゆに揚げに沁みていた甘めの味わいが溶け出して、いい風味になりました。あごだしそのものも焼いてあることもあり、少し香ばしい風味が付いていたようにも。ただ、戻し時間は7分と、「最強どん兵衛」と同じなんですね。もっと言うと、それで戻した麺は、もっちりしているからなのか、コシの無い柔さがあまり感じられない。あの柔さは、カップ麺で出すのは難しいかなぁ・・・。
個人的には、どっちも美味しかったけど、信州の方が一枚上手だったと思います。
このシリーズ、もっとやってほしいですね。次は何が出てくるのでしょうか。
で、そんな帰りの東北新幹線では、車内販売がありました。もう絶滅危惧種の車内販売、せっかくなのでお茶でも・・・と思ったら、花万食品の「いか三昧」というセット品が売っていたので、買った。
東京駅の乗り換えの間に、崎陽軒に寄って、「昔ながらのシウマイ」を買った。
最後に、お土産で買った「チョコ南部 苺」。「チョコ南部」も買っています。しかもデカいやつ(爆)。
ということで、名鉄バスセンターから仙台に向かいますが、そこにあるファミリーマートで「ぽん酢ソースinファミチキ」を買って腹ごしらえ。
そして、話は一気に仙台に。えきねっとで切符を買った関係と乗り換え時間が1時間を切っていたので、今回は仙台駅在来線口内にある立ちそば処 杜で「きつねそば」に。仙台は、やや肌寒かったので、温かいそばが身に沁みました。
北上駅までは新幹線(やまびこ)で向かったのですが、それでもバスの時間まで1時間以上待つことになった。
時間は、午後4時にならんとしているところ。豊橋駅の西口から出て少し北上したところにあるのが、赤のれんというお店。
そんな赤のれんは、「焼き餃子」専門のお店。テイクアウトもできますが、イートインもできます。とにかく開店と同時に人がどっと押し寄せるので、土日だと午後4時半開店なのですが、だいたい午後4時より前に来ていれば、大丈夫じゃないかなと思います。
腹いっぱいになったとはいえ、甘いものは別腹(爆)。豊橋駅に帰ってきた時に、駅構内にあるボンとらやで、豊橋名物の「ピレーネ」を買うことに。
こちら、PRECIOUS DELI&GIFT KANAYAMAで買ってきた「ヨコイのあんかけスパゲティ(ミラカン)」。「あんかけスパゲティ」で有名なヨコイのそれを再現したものです。
そうなると、もう一つの目的の店が夕方にならないと開かないので、結構時間が空いてしまう。
豊橋駅には、聖地巡礼マップが置かれています。恐らく今年中は置かれるんじゃないかなと。
豊橋駅の東口からは、作中にも登場したスペースシャトルのモニュメントがあるパチンコ屋があります。USAという名前の店なんですけど、既に閉店してるんですね。
ときわ通り商店街から豊橋駅に戻る間に、どうしようかと悩んでいたのですが、そういえば行きたいところが駅の中にあったわ・・・ということで、飛び込んだのが、壺屋です。
まだまだ時間がある(汗)。次に行く目的地にどうやって行けばいいかを探っていき、場所が分かったところで一旦豊橋駅に戻り、先程紹介した聖地巡礼マップを見ながら、次どこに行こうか画策していたところ、近くに作品で出てきたところがあるんだな・・・とわかったので、探すことに。
中は、こんなふう。
東京駅で買ったのが、JR東海リテイリング・プラスの「米サンド 懐かしい食堂車風のハンバーグ」。ひかり号にあった食堂車の「ハンバーグ」をイメージしたもので、食堂車シリーズの一つです。
そして、「東海道新幹線弁当 60周年記念ver.」。東海道新幹線の名物が詰まったものです。
中はこんなふう。
最後は、カルビーの「じゃがりこ うなぎの蒲焼味」。新幹線で撮ったけど、土産でもう1個買っていた(笑)。
そんなカレー祭り、ルーとライスが別売りになっているのが特徴で、たくさん食べたいなら、ルーだけでいいんですよね(ニヤニヤ)。
2番目は、岐阜グランドホテルの「ホテルのビーフカレーライス」。前も食べたと思ったのですが、今回改めて紹介。ちなみに、「FC岐阜カレー」は、このカレーをベースに作られています。
3番目は、ホテルグランヴェール岐山の「ホテル仕込み牛すじカレー」。
最後は、ハヤシもあるでよー・・・ということで、「えなハヤシ」でございます(ニヤニヤ)。
さて、この日のかさなるステージには、新垣貴之選手(左)と河波櫻士選手(右)が登壇しました。共に右サイドの選手ですけど、現状は新垣選手の方がよく起用されていましたね。この2人がメンバー外ということは、かねてより調子のいい西谷亮選手とこの頃起用され始めた生地慶充選手がメンツとして入っているからなんだろうなぁ。
試合は、やはり上位で自動昇格を狙っている今治が主導権を握って、迫力と自信あるプレーで岐阜を圧倒していました。だからこそ、序盤のシュートで決めたかっただろうなぁ・・・。運悪く入らなかったことで、キャスティングボートを岐阜に渡してしまう格好となりました。それでも、自動昇格を狙っている今治の圧は強く、いつひっくり返されてもおかしくない中で、連勝したことで洗練できた3バックと相手を翻弄するパスワークによって、何とか渡さまいと必死になっていたように感じられました。鬼気迫るものというヤツですな。
ヒーローインタビューは荒木選手になりましたけど、個人的にMOMは、藤岡選手(右から2番目)でしょう。
爽やかな笑顔でトラックを歩いていく藤岡選手。
最初は、仙台駅で買ってきたNewDaysの「はらこめし風」(左)と「鶏めし風」(右)。どちらも東北地方を代表するご飯類ですね。そして新幹線で行ける(仙台と秋田)ということなので、新幹線のイラストが描かれています。
NewDaysからは、「香り箱のサラダサンド」を買っています。こちらは、いわき駅で乗り換えの時間を使って買ってきました。
こちらは、福島駅にあるS-PAL福島の中にある石材(シーリン)という麻婆豆腐専門店で買ってきた「エビチャーハン」(左)・「青椒肉絲」(中央)・「麻婆豆腐(激辛)」(右)。安くなっていたので、買ってきたのはいいが、ちょっと買い過ぎた(爆)。
請戸小学校を出ると、写真ではわかりにくいでしょうけど、煙突のようなものが見えます。周辺にクレーンがあるので、恐らくこの先にあるのが、東京電力福島第一原子力発電所でしょう。
こちらは、「中浜地区大震災慰霊碑」。浪江町と双葉町にまたがる中浜地区の犠牲者を追悼するものでもあり、東日本大震災の被災状況を伝えるものでもあり、この地区の成り立ちを伝えるものでもあります。
先程紹介した場所から、さらに南西に向かう。双葉駅のそばにある交差点から国道6号を南下するとあるのが、「東日本大震災慰霊碑」です。東京からだと、約256km(256kmスポットより少し手前)のところにあります。
「東日本大震災慰霊碑」のそばには、放射線量測定器がありました。これを見ると、まだまだこの地域は、放射能の呪縛からは解かれていないと感じずにはいられません・・・。
双葉駅に近付いてくると、大きな壁絵(グラフィティ)が現れます。その一つが「HUMAN POWER」。
こちらは、「TOGETHER」。旧消防署の壁に描かれたものです。
そして、「FUTABA Art District」。双葉駅前で展開した壁絵の集大成です。
やっと双葉駅に着きました。
その中にあるのが、「希望のとびら」。まるで「ドラえもん」に出てくる「どこでもドア」みたいな格好のものになっています。
苕野神社から徒歩で10分弱、請戸地区にある震災以降の一つ、請戸小学校にやって来ました。
請戸小学校は、海から300mほどだったため、東日本大震災で津波の影響を受けただけでなく、東京電力福島第一原発の放射線事故に伴い、避難を余儀なくされました。そして6年近く帰れないまま時は流れ、2017年に避難指示が解除されたことで、一部ですが、やっと復興への一歩を踏み出したのです。残念ながら、請戸小学校は統廃合されることになったものの、震災遺構として2021年に再出発することになりました。
校内には、絵本による説明書きがなされています。
1階にあった2年生教室。教室内に壁が倒れていますけれども、震災当時は津波の影響で、教室から廊下に向けて倒れていたそうです。
津波の影響は、隣の教室にも大きく表れています。壁の鉄骨が逆くの字(南側から北側)に曲がっています。
こちらは、職員室にあった複合盤。各室内の時計や火災報知を管理していたものだったのですけど、津波の影響で流されてしまい、機能を停止してしまいました。そのため校内の時計は、津波が到達したとされる15時37分を指したまま止まっているのです。
網の向こうに見えるのは、校長室にあった金庫。重厚なこの金庫も、津波によって倒されてしまいました。
こちらは、ランチルーム。全生徒が昼食を食べていたところです。
その奥にあったのが、調理室。この小学校だけでなく、他の小中学校の給食を調理していたようです。
反対側に回ってくると、その数の多さ・すさまじさがよくわかります。
震災当時の避難ルート。
大平山に登ることができたのは、児童が野球の練習で山に登るルートを覚えていたからだそうです。この子がいなければ、山に登れず、津波に飲まれていたかもしれません。
こちらは体育館。
こちらは見晴らし台。ここから見える景色は、さぞかし素晴らしかったことでしょう。
この津波到達点は、2階に上る途中にも設置されています。つまり、この校舎は、1階は全て浸水したという意味でもあります。
2階は、一部のみ公開されており、家庭科室より西側は非公開となっています。
こちらは、模型復元プロジェクトで作られた請戸地区。
6年生教室には、メッセージの掛かれた黒板が残されています。
小学校の北側にあるのが、先人の丘と呼ばれるところ。かつて共同墓地があったところです。
玄関に当たる部分にある請戸地区の地図。
先日、ウエスタンデジタルスタジアムきたかみで行われたいわてグルージャ盛岡×FC岐阜の試合を見に行ったのですが、北上で開催される時は、スタメシの数も少ないのよ・・・。4年前に行った時も、お店が少なかったけど、今回はさらに輪をかけて少なかった気が・・・。前は4・5店舗あった気がしますけど、今回は3店舗+あの漢の出張ブースですからねぇ・・・(汗)。観客動員数が769人というのもあったんでしょうけど、それは結果論だよなぁ。
そんな3店舗来ていた中でチョイスしたのは、クロスヒートの「ソース焼きそば鶏がらスープ入り」。いわぎんスタジアムでも見掛けた店で、その時は「たこ焼き」買ったんだよなぁ(今回も買っている)。
そして、最後になるであろうあの漢のブース。