2010年09月08日

さらば、ムネオ

北海道を代表する議員の一人でもあった新党大地代表の鈴木宗男議員に対する斡旋(あっせん)収賄罪が、最高裁判所の控訴棄却により確定。これによって、鈴木議員は衆議院議員の議員資格を失うばかりか、懲役2年・追徴金1100万円と5年間の公民権(選挙への立候補。現在は10年間で、5年は当時の法務規定に則ったもの)の停止がなされることになります。


鈴木議員は、北海道で強固な地盤を築いているのですが、その基は自民党議員としての活躍から。
その起源は、中川一郎元議員(故人。もうろう会見で有名になった中川昭一元議員(故人)の父親)の金庫番として日となり影となり活躍していたことから来ています。
1983年に中川一郎元議員が死去すると、息子の出ている選挙区で無所属として出馬し当選して以降、自民党や後に結党した新党大地で道東(釧路・根室)と十勝を中心とした地盤で通算25年の議員生活を送っていました。


鈴木議員を最も有名にしたのは、選挙カーの箱乗り・常にアクティブさを出すために駆け足での遊説回り・北海道(特に北方四島)への熱い取り組み、そして彼の履歴を決定付けた汚職疑惑に尽きるでしょう。

この汚職疑惑の大元は、北方四島の国後島に建設した友好の家(通称ムネオハウス)に絡む斡旋からきているもので、その後国後島のディーゼル発電施設での斡旋、行政処分直後の製材会社の関連会社による樹木公売での斡旋、建設会社への収賄、外国学会への不明瞭な支出、モザンビークへの災害救助隊への派遣を「聞いていない」という理由で派遣拒否・遅延をもたらした事件(ここでの発言が虚偽があるとして起訴される)、そして政治資金規正法違反へと繋がっていきますこの時の事件で2002年に逮捕され、以後長い間控訴を繰り返し今に至るわけです。


北海道の有権者ではないので、厳しいことを書きますが、はっきり言って往生際の悪い議員だとしか思えません。これだけの地盤と看板を持っていれば、すぐに有罪を認めたとしても、すぐにみそぎを払う(国政復帰)できたはず。あのような形で在位25年を迎えることはなかったと思います。

個性的な議員で、特に辻元議員との壮絶な言い争いは有名になったほどその個性は、もっと有効な形で使えたのではないかと思うと同時に、自民党出身議員はみんなこういう人達ばかりなんだなと改めて思わされる出来事でもありました。


この件で内心ビクビクしているのは、現在代表選で自信満々なことを言っているあの人だと思いますが・・・。
そういえば、あの人も元自民党、しかも幹部出身者だったなぁ。鈴木議員の党推薦を最後まで固辞していた人が、同じような罪で言われるなんて何とも皮肉なり。




Posted by alexey_calvanov at 21:50│Comments(0)TrackBack(0) 真面目なモノ 

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