2008年01月08日

ドコモのPHSが終了

実はケータイ業界にとって大きなターニングポイントになる出来事が3つ起こるわけでして。そのうちの1つが昨日(1/7)起こったわけです。


NTTドコモのPHS部門が2008年1月7日付で停波(終了)になりました。

日本独自の通信技術の一つPHSを利用した携帯電話サービスとして産声を上げたのが当時のNTTグループのPHS部門、NTTパーソナルだったわけです。
※このことを知ってる人はかなり少なくなったと思うので補足。
当初PHSを扱っていたNTTパーソナルとケータイを扱っていたNTTドコモは別会社(NTTグループ内の別企業)だった。

当初は通信実験も兼ねて東京(関東圏)と北海道(寒冷地実験の地として最も最適だったため)でサービスイン。秋には全国展開し、当初は低価格が女子高生を中心にウケ、ポケベルに変わるトレンドとして大ヒット。一時は212万台にまで増えました。

ところが、PHS最大の弱点であるほんの少しの移動での断線(電車や車に乗っている時に電話すると切れる(断線する)ことが日常茶飯事だった)でのクレームや、エリアの脆弱性が減少へのきっかけになり、そこにケータイ電話端末の0円化(いわゆる端末買い上げ制度の開始)・料金プランの価格破壊(秒いくら・分いくらでの支払いは90年代終盤から始まったため)が拍車をかけ、iモードを始めとするケータイネットサービスの開始や写メールなどに代表される高度なウェブコミュニケーションが極め付けとなりPHS自体が一般の人達には有名無実と化していきました

その斜陽化に併せるように、NTTパーソナルはNTTドコモに譲渡され、停波するその日までPHSサービスはNTTドコモのPHS部門が担当することになりました。
NTTドコモに譲渡されてからは、何とか建て直しのためにドッチーモというドコモのmova(PDCサービス)とのバイリンガルフォンを売り出してエリアの脆弱さを打ち消そうとしたり、個性的な端末(ミュージックプレイヤー内蔵ケータイやテレビ電話機能付ケータイ、高速ブラウザ対応ケータイなど)を出して引き留めにかかったり、データ通信を軸にした(ケータイよりも)高速な通信サービス@FreeDに代表される通信定額サービスを始めたりもしましたが、機能的に中途半端でユーザーからそっぽを向かれたり、逆にライバルキャリアのDDIポケット(現ウィルコム)がさらに上を行く高速定額通信を始めたりなどしてことごとく惨敗していったのでした。

その間にも、同じPHSサービスを行っていたアステルが休止したこともあってか、経営資源をFOMAに集中させたほうが割が合う(ドコモ譲渡後は万年赤字運営だったらしい)ことから、数年前に運営終了を発表。段階的な停波ではなく、ケータイ業界では初めての全国一斉停波になりました。


個人的には契約にも関わったことがない(実物(確か年代モノのパルディオ)を見ただけ)ですし、使ったこともないわけですが、当時高校時代に持っていたのがドコモのPHSだったという人もチョコチョコいましたし、現に最近までドッチーモを使っている人を見たこともあります
あと、一番インパクトがあったのはドラえホン。ドラえもんの形をしたケータイで、コレクターアイテムとしても絶大な人気があったかと思います。


このNTTドコモのPHSがなくなったことで、PHSを介したサービスはウィルコムだけになりました。
そのウィルコムも音声定額ではソフトバンクに、通信定額ではイーモバイルにそれぞれ利用者を奪われつつあり、徐々にではありますが苦境に立たされつつあります

来年以降始まるであろう次世代PHS開始までに何とかしてPHSの優位性(例えば医療機関でも利用できる点や高品質な通話など)を大きく出したり、利用料金の改革等を柔軟に行っていかないと、今回のような終焉を迎えかねないと思っています。
せっかく日本で築き上げたサービスで、中国や東南アジアでも一般化(中国では小霊通の名で主に上海を中心にサービス運用中)しており、まだ世界的に伸びる要素のあるサービスなだけに、このまま発祥の地である日本では終わってしまうなんて事は避けて欲しいものです。


その点では、次のターニングポイントであるツーカーのサービス終了、その先(2011年まで)にあるドコモ・ソフトバンクのPDCサービス終了にも言えるわけです。
PDCはPHSと違い、前時代的なサービスになってしまいますが、その中で培った技術が第3世代やその先に使えるのではないのかと思えてなりません。



Posted by alexey_calvanov at 21:29│Comments(0)TrackBack(0) ケータイ系 

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