高橋名人こと高橋利幸さんは、1982年にハドソンに入社。ハドソン入社の経緯は様々な説がありますが、当時のハドソンはかなり自由な社風だったということは聞いています。何せ屋上でラジコン大会が開かれていたと言いますし(苦笑)。
その後、1985年にシューティングゲームの宣伝を兼ねて、現在も有名な肩書きになっている「高橋名人」という名でデビュー。16連射(一時は18連社だったことも明らかにしている)や「ゲームは1日1時間」などの愛嬌たっぷりなキャラクターセンスで一気に子供達の人気者になりました。その人気の過熱ぶりは16連射のできる指はバネが入ってるんじゃないかとか、(警察へは1日署長で訪れたはずなのにもかかわらず逮捕されたという)逮捕説が流れるほど。
名人ブームが去った後も、ハドソン内で広報活動を行い、四半世紀過ぎた今でも名人の肩書で様々なメディアに出演していました。
今回名人のブログで急な形で発表されることになったものの、恐らく退社するには1月前に会社内で報告する(される)ことになっているはずなので、何事もなければ、5/2(つまりゴールデンウィーク中)に報告した(された)のではないかと思います(ハドソン社内の休みの体系がわからないのであくまで推測ですが)。
今回退社に至った理由が公表されていないので、どういうわけで退社に至ったのか、今後どういったことを行っていくのかは明言されていませんが、ハドソンがコナミグループに入ってから業績があまり良くなかったと言われていたため、リストラ策の一環なのではないかとも言われています。
いずれにしても、日本のゲーム業界の黎明期を支え駆け抜けた偉大な人が、こんなあっけない形で業界を去るのかと思うと少々寂しい気分でもあります。
今後の高橋名人の活躍とご多幸をお祈り致します。
ファミコンランナー高橋名人物語




