何でジグソーパズルの販売会社が・・・と思った人もいらっしゃるでしょうけど、やのまんはジグソーパズルやキャラグッズの販売、鳥取県境港市にあるゲゲゲの妖怪楽園の運営に携わっていますが、過去にはミニカーやゲームソフトの販売にも携わっていたのです。
元々やのまんは、大阪で輸出用雑貨を扱う会社として始まり、おもちゃの輸出に携わるために工場の近かった東京(墨田区)に移転したのですが、ニクソンショックをきっかけに今度はおもちゃの輸入業に方針転換し、ヨーロッパからミニカーの輸入販売を行っていました。
そして、海外映画で俳優がジグソーパズルを組んでいるシーンを見てジグソーパズルの輸入販売を始め、1973年にモナリザが東京国立美術館で展示されることがきっかけでブレイク。翌年には国産ジグソーパズルの製造販売を始め、徐々に世間に浸透していったのです。
そのやのまんが多角化事業の一環(要は、ジグソーパズルの販売の一本足打法ではいけないと思った上)で、1990年にテレビゲーム事業に参入し、その最初のソフトになったのが、ゲームボーイで発売された「アレサ」だったのです。
このアレサシリーズは、ゲームボーイで3本、スーパーファミコンで3本発売され、ゲームボーイ版とスーパーファミコン版は別のストーリーになっていました(ただし、ドールという魔法人形は共通で登場する)。なお、開発はJAM(日本アートメディア)が行っています。
しかしテレビゲーム事業は、「フェーダ エンブレム・オブ・ジャスティス」・「ソングマスター」・「ランナバウト」を手掛けるも、わずか7年で撤退。その後は、電源不要なボードゲームやトレーディングカードには参入しているものの、現在もテレビゲーム事業には戻ってきていません。
それなのに当時の資料は、しっかりと残っており、中には「フェーダ・リメイク! エンブレム・オブ・ジャスティス」のプレイステーション版の開発版ROMとデバックステーション(プレイステーション本体でデバックするための本体)が出てくるといったことも・・・。まだまだやのまんの倉庫には、当時の開発に絡む資料が眠っているようですけど、制作サイドなのに、それが何なのかわからないものもある模様(苦笑)。まぁ、開発はあくまで別会社ですからね・・・。
さて、そんなアレサシリーズ35周年を記念して、新たな企画を始めようと動いたのですが、実は去年の夏から少しずつ動いていたんですね(苦笑)。その過程で先述の通り、様々な資料が出てきたわけです。これまた先述の通り、何かわからないものも多くあり、誰が手掛けたかわからないイラストなんてのも出てきたので、誰のイラストかを公式Xを介して捜索したり、スーパーファミコンで発売した「アレサⅡ 〜アリエルの不思議な旅〜」の取扱説明書のイラストを手掛けた人を公式Xを介して捜索したりと大変だったようです。なお、後者に関してはイラストレーターの安田哲夫さん(イラスト名義は安田鉄魚)ということが判明しています。
ただ、どのような着地点になるのかが現状分かっていません。『復刻』という言葉を過去に使っていること・権利関係やイラスト製作者などを捜索していることから、作品のリメイクないしはリマスター、もしかすると新作に動いている可能性も考えられます。特にリメイクやリマスターは、最初がゲームボーイ版だったこと・同じく1990年制作なことも考えれば、現代風にアレンジすることは必須になるかもしれませんね。
いずれにしても、続報を待つことにしましょう。
最後に、開発当時の販促ビデオが、公式Xから紹介されていますので、貼り付けておきます。
この中には、色々と懐かしい人達が・・・(泣)。
この中には、色々と懐かしい人達が・・・(泣)。
アレサ再会プロジェクト発表に多くの反響をありがとうございました。プロジェクトでは長年応援いただいてきた皆様と思い出の共有もしたいと考えています。
— 株式会社やのまん (@puzzle_yanoman) March 16, 2026
『GBアレサPV』
冒頭追いかけられているのが当時専務で、TVゲーム事業を率いていた矢野成一現相談役です。
全ての始まりがここに!#aretha35th pic.twitter.com/6WHLXFtJLu