
名鉄バスがかつて走らせていた日本一長い路線バスで、その距離は250km。この路線は、JRも並行して走らせており、名金急行線とも呼ばれていました。
この路線は、1966年~2002年まで36年間運行されており、名古屋から岐阜県を縦断し、富山県の一部を経由して金沢に向かうというもので、ほぼ1日がかり(実際は約半日)で進むというものでした。
ちなみに現在日本で一番長い路線バスは、奈良の近鉄大和八木駅から和歌山のJR新宮駅までを走る八木新宮線で距離は166.9km。これもいつか乗ってみたいんですけど、さすがに1泊絡みになりそうだなぁ・・・。

当時のカラーに復刻されております。なお、もう1種類、金沢から来るバスも当時のカラーリングで運行されていました(種類は違うもの)。


ぜんざいの語源になった出雲地方で出される出雲ぜんざいをベースにした商品。こちらもB-1グランプリに出場した商品です。
中に求肥が入っていて、それがもちもちとしてるんですね。甘い味のアクセントにもなって、これは普通のあんパンとかよりも上品だわ。
ところで、ルートはというと、名古屋(名鉄バスセンター)から長良川サービスエリア・ひるがの高原コキアパーク・白川郷(萩町集落)・西赤尾を休憩場所として、金沢に向かうというふう。
往年のルートを可能な限り再現しているのが特徴で、2000年当時のルートで今回は運行されていました(そのため、ほとんど高速道路を利用せず、序盤の東海北陸道と終盤の北陸道を利用するくらいしかない)。通れなかったのは、大型車運行ができなくなったところのみ(萩町集落など)。そのため、ものすごく細い一般道を大型バスが駆け抜けるという今では考えられないダイナミックな運行が見られます(笑)。

はるか遠くに岐阜中心地のシティ・タワー43が見られる。隣は間もなく完成の岐阜スカイウイング37。


しかしながら、この中にあるスカイレストランがシーズンオフということで休業中(泣)。そのため、運転手が気を利かせて、ここでは40分休憩のところを20分に短縮。次の白川郷(萩町集落)の休憩時間に充てるという『荒業』を披露(笑)。実に素晴らしい機転だ。

一見何の変哲もないところだが、実はこの五箇山号を語る上では外せないところでも。
ここはJRバス・名鉄バスの停留所でありながら、JRが運営していたということあり、駅という名称が付いているのです。それにバス以外に交通機関のない奥飛騨の住民にとっては貴重な足でもあり、重要な中継地点でもあるわけです。


現在は無人の停留所ですが、長い歴史を感じられる場所でもあります。往時の勢いを感じられる場所でもありますね。

既にシーズンは過ぎましたけれども、荘川桜は特に有名な名所ですね。
ダム建設のために埋没することになった地域から引き上げられた老木で、移設の際には相当な苦労をして植えられたと言います。
植えても上手く根付かない桜の木ですが、ここまで立派に現在も可憐な花を咲かせる桜の木はそうそうないでしょう。
写真は2本ある荘川桜の1本。
なお、この荘川桜がきっかけで、さくら道というルートができるきっかけになりました。この道もそのルートの一つですし、毎年春には、さくら道ネイチャーランというウルトラマラソンが行われ、そのコースにもなっています。

当初はコンクリート式のダムの予定だったが、地盤が脆弱だったため、ロックフィル(岩石や土砂を積み上げたもの)式のダムに変更された経緯があります。
このダムが完成したことで、荘川桜の集落が埋没するということに。しかし、この埋没が今日の荘川桜を見られるという皮肉な結果にもなっているわけです。
もちろん、当時は大規模な反対運動が起こったそうです。その際、涙ながらの説得でやっと住民が納得したという話も残っています。
さて、ダム建設というと、あの話が思い浮かんでくるわけで(苦笑)。
次回はあの話のモデルになった白川郷(萩町集落)から始めていこうかと思います。

