
やはり私達の世代は、「ドラえもん」一択で、あのダミ声が、ドラえもんなんですよね・・・。そして、ドラえもんは、未来の世界に帰っていったんです。そんな意味も込めて、「さようなら、ドラえもん」の最後のコマを載せておきましょう。
ホント、大山さんがいなくなったことで、過去の「ドラえもん」が好きな世代には、心に大きな穴が開いたと思います。でも、今のドラえもんを演じる水田わさびさんも、ドラえもんのアイデンティティを確立したんじゃないかと思います。彼女なりのドラえもんの解釈を尊重しましょう。今のドラえもんも、普段はドタバタしているけど、いざとなったら頼りになるヤツですよ。大山さんの場合は、しっかりしてるんだけど、いざとなると頼りにならないヤツで、逆なイメージなんですよね(大長編で、何かないかをやる時、同じシーンのはずなのに、この印象が出るんですよ)。
大山さんは、元々は女優として活動を始めたものの、独特な声を買われ、人形劇の声や洋画(アメリカのテレビドラマ)の吹き替えなど声優としての活動が増えていきました。
そして、1965年にテレビアニメ「ハッスルパンチ」で初めてシリーズ作品を演じ、その後「ハリスの旋風」・「無敵超人ザンボット3」などに出演しました。
1979年にテレビ朝日系で始まった「ドラえもん」のオーディションに受かり、以降2005年までドラえもんを演じることになります。大山さんの声を聴いた藤子・F・不二雄さんが、ドラえもんの声は、こんなふうだったんだと述べているエピソードがあるほど、『大山のぶ代の声=ドラえもん』になったんでしょう。
「ドラえもん」に出演している間は、他のテレビアニメに出演することは、本人の希望で無かったものの、ドラマのゲスト出演の他、「午後は○○おもいッきりテレビ」のコメンテーターに出演するなど顔出しをメインに活動していました。個人的には、「午後は○○おもいッきりテレビ」の印象が強いですね。みのもんたさんとのやり取りで、ドラえもんの声が出てしまった時、すかさずみのさんが、「今ドラえもんがいましたねぇ」と述べて、場がどっとなり、大山さんが舌をペロッと出しそうな顔をして照れてるシーンが印象的でした。
2001年に病気(直腸がん)がわかり、「ドラえもん」の降板を決意し、2005年に引退(世代交代)します。その後も、声の出演や専門学校で講師をするなどしていたものの、2012年にアルツハイマー型認知症の発症が明らかになりました。以降、旦那さんの砂川啓介さんが大山さんの介護を行うものの、砂川さんは2017年に亡くなってしまい、その後は老人ホームで過ごす日々を過ごしていました。一時認知症の症状が悪化したものの、砂川さんが大山さんの認知症を公表した後は、症状は悪くなっても体調は安定していたそうで、砂川さん亡き後も、老人ホームのリーダー的な存在だったそうです。
心よりご冥福をお祈り致します。
恐らく、砂川さんが心待ちにしているでしょうし、ジャイアン役のたてかべ和也さんやスネ夫役の肝付兼太さん、そしてのび太役の小原乃利子さんが、色々と「ドラえもん」の声で言ってくることでしょう。スネ夫は「遅いよ、ドラえもん」と、ジャイアンは「いつまでも来ないから、待ちくたびれたぞ」と、のび太は「ドラえもんがなかなか来ないから、その間にどら焼き、たくさん用意しておいたよ」と、それぞれに・・・。

