年の瀬も迫る中、そして仕事納めだった人も多いこの日に、1人の選手がバットを置くという『仕事納め』を行いました。
日本では巨人で活躍、アメリカ・大リーグではヤンキース・アスレチックスなど4球団で活躍した松井秀喜選手が引退を表明しました。
松井選手は、石川県の星稜高校で超高校級スラッガーとして話題を集めました。当時対戦相手が5打席連続敬遠を行ったことでも松井選手が大物であるという認識が一気に高まったと思います。
プロ入りすれば即戦力間違いなしと言われてもおり、各球団争奪戦(本人の希望は阪神・巨人・中日・ダイエー(現ソフトバンク))になりましたが、結果巨人がくじ引きで交渉権を獲得しました。
巨人入団後は、1年目の5月から1軍入り。1年目自体はエレベーター生活を送ったものの、まずまずの活躍を収めています。覚醒したのは2年目以降で、首位打者1回・本塁打王3回・打点王3回を獲得する名スラッガーに成長しました。
2003年に大リーグ入り。ヤンキースでワールドチャンピオンに輝いた後も、エンゼルス・アスレチックス・レイズで活躍しました。しかし、度重なるけがと年齢面での衰えが響き、レイズを解雇された後はどこの球団からもオファーが来ず、引退を決意したと思われます。
松井選手はとにかく豪快かつパワーあふれるバッティングが特徴的でしょう。その強烈な当たりは王さんなどをしのぐとさえ言われたほど。実際にスイングを生で見える機会は最後までなかったですが、テレビの映像で見る限り、今でもその迫力はすごいと思います。これも長嶋終身名誉監督が監督時代に二人三脚で松井選手を育成した結果であり、長嶋イズムが松井選手に浸透したのでしょう。
日本に戻って野球選手を続ける手もあったと思いますし、実際阪神が獲得に動いているという噂が常に付きまとっていました。しかし、本人自身がその思いを断ち切ったというのが、いかにも松井選手らしいとも感じましたね。5打席連続敬遠の時も、自身は恨み節もなく淡々と答えていましたし、気持ちの切り替えが上手い選手だったのかもしれません。
ただ、今年の大リーグの成績または3Aの成績が満足いくものではなかったので、恐らく日本でも満足できるプレーができないまま選手を終えることになったのかもしれません。そうなると松井選手のプライドが傷ついたまま終えることにもなるので、ここで上手いこと引いたとも言えるでしょう。
ところで、今年は金本選手・城島選手をはじめ、名選手や人気選手が相次いで引退した年になりました。
私がよく知る選手がいなくなることで、寂しいと思うばかりか、そういった選手達がフィールドを去るほど私も年を取ったのだなと痛感しております。時の流れはゆったりとしているようで意外に早いのですね。