やまびこでゆっくり向かいますわ。だって盛岡に早く着いても、スタジアムに行く列車に乗れる(はず(爆))だもの。
ともあれ、仙台は晴れてきましたけど、盛岡が心配なんだよなぁ・・・。昔、全国的に天気が良くても、岩手県の盛岡とか北上とか花巻とかは天気が悪くて無茶苦茶寒かったんだよね・・・。昼から晴れるようですけど、心配です。
ここから一般公開されていない3階を越え、4階に。
こちらは、3.11 荒浜の記憶(音楽室)に置かれている津波をかぶった時間で止まっている体育館の時計。体育館は、津波で流されています。
荒浜の歴史と文化 荒浜小学校の思い出(6年生の教室)では、かつての荒浜地区の姿をジオラマで、かつ小学校の歴史を見ることができます。
本当は、屋上から撮ればよかったのですが、そんなことはつゆ知らず、4階から撮った景色。
バスが来る時間まではそんなにないものの、どうしても行きたい場所があるので、小走り気味に向かうことに。
今回向かいたかったもう一つの場所、それがこの東日本大震災慰霊塔。大きな観音像が建立されています。かつては八大龍王神社という神社がありました。今は鳥居のみ残っています。
ここには、かつて深沼海水浴場という仙台市唯一の海水浴場がありました。しかし震災以降、沖合がどうなっているのか調査が進んでいないこともあり、現在でも泳ぐことができません。そして、大きな防波堤も作られ、将来近くで防災林や避難施設建設も行われます。
こちらは、荒浜記憶の鐘。鐘の正面にも石が置かれており、そこから鐘まで13.7m(津波の最高到達点になる)あるそうです。
地下鉄東西線からバスで15分ほど。終点の旧荒浜小学校に到着しました。
荒浜小学校は1873年に設立されたものの、東日本大震災がきっかけで生徒数が激減。今年の3月末で廃校になり、144年の歴史に幕を閉じました。その後は、震災遺構としての保存活動が進められ、4/30から一般公開を開始しています。
校庭には、津波で流された二宮金次郎像が置かれています。
下層階の写真。
側面に回っても同じように、鉄柵がひしゃげ、津波の威力・がれきの破壊力がよくわかります。
中に入ると、がらんどうな部屋が続きます。
その先は非公開部分になっていますが、天井のはがれている姿を見て、その凄惨さを伝えています。
2階に上がってみます。
2階には、津波到達ラインというものがあります。証言の中にもあるのですけれども、足元まで津波が迫ってきたというのがあります。それを示す証拠でもあります。ただ、どうしてもわかりにくい。写真で見てもわかりにくいことでしょう。
では、こちらをご覧下さい。
お久しぶりのこの特集。
もう一つは、別売りで買ってきた即席みそ汁。「絆 石巻被災企業・復興企画商品」のセットの中にも入っている場合があります。
最後は、気仙沼駅前のNEWDAYSで買ってきた三陸海宝漬。
中はこんなふう。
柳津駅からJR気仙沼線に乗り、前谷地駅へ。そこからJR石巻線に乗り換え、やって来たのが石巻駅。
石巻駅そばから石森萬画館付近(中央3丁目)まで伸びる商店街(通称マンガロード)。
この川岸はいまだに震災の跡が残っている。
橋を渡り石森萬画館に。
最後に。
柳津駅行きのバスが来るおよそ15分前に志津川駅に着く。JR気仙沼線の駅で、現在運休中。そのため、代行バスが走っている。
こちらは町内を巡回するコミュニティバス。
志津川駅は3ホームある駅で、快速も止まる大きな駅の部類になる。ある意味町の大動脈とも言える駅の復旧はいまだ不明瞭だ。
同じホームから歌津駅方面を撮ったもの。
同じホームから北(北西)側を撮ったもの。
同じホームから南(南東)側を撮ったもの。
がれきの山。
沿岸部にて。
そして、このがれきの山から見える公立志津川病院跡。
さて、沿岸にあるがれきの山。
そう、このがれきの山が置かれている場所とは、松原公園という沿岸部に広がった公園だったのだ。
時間的にも少々厳しくなってくるので、一路志津川駅に。
今回のルートは、三陸道に乗るのは同じだが、途中降りるのが桃生(ものう)津山インターチェンジに変更されている点。これが正規のルートらしく、インターを降りると山道を駆け抜けることになる。
そんな何もない中にも、信号だけは復旧させていた。
その道すがらから撮った、沿岸部でほぼ唯一と言っていい、残った建物。
南三陸商工会会場。
津波によって欄干が押し流されている八幡橋。
川向から撮った全景。
庁舎正面。
庁舎側面。
ちなみに、町役場の周辺は地盤沈下が起こっていたようで、前日の大雨で道路が冠水していた。
先程、気仙沼市街は概ね復旧していると言いましたが、唯一市街地の中でも復興が立ち遅れているのが、鹿折(ししおり)地区。
そして鹿折地区で最も目を引くのがこの漁船。
この写真ではわかりにくいかもしれないが、丁度陸前高田の市街地に入ろうとする道が冠水(恐らく川の水があふれ、橋が渡れなくなっているのだろう)してしまったらしい。
それでも、奇跡の一本松から数百mのところまでは寄ることができたのは何とも奇跡なのかもしれない。
近くにある中学校。
この日は本当に激しい波しか見ていない。
周りの波風に揉まれながらも、生き残った一本の松。最早死に体になっている一本松は、この激しい風雨にも何も言わずに耐えている。
いっぽんの松
8:10の定刻通りに南三陸経由気仙沼行きの高速バスに乗れたのですが、これまた大雨の影響で南三陸町に行けないとのこと。そのため、南三陸町部分の停留所はショートカットして一気に気仙沼方面に向かうことになりました。
階上公民館から歩いて5分ほどで目的地の入口になる岩井崎入口に。
そのすぐ先にある踏切。
レールはこの踏切の先で無くなってしまっている。
しかし、その泥沼にはまることで被災地の現状を見られたと思う。
道路に関しては、津波の影響かアスファルト面が剥がされているところが多く、道はぬかるみになっているところも多々あるというふう。大雨の影響でそのあたりが如実に表れ、歩くのには非常に骨を折ることになる。
さらにそれを見せつける証左がこの写真。
これが、その杉ノ下地区(正確には波路杉ノ下地区)にある慰霊碑。場所(経路)は先程書いた通りなので割愛。
同じ慰霊碑の裏面。
この日は低気圧の影響で荒れてはいるものの、普段は恐らく穏やかな波なのだろう。
先程、柳津駅に着きました。
気仙沼方面を望む。
そこで食べてきた店が、仙台☆つけめんらぁめん六朗 一番町店。
ここで頼んだのが、辛味噌つけ麺。
せっかくだから(笑)、メンマ盛りも頼んだ。200円でこの量なら十分。アレックス
キリ番を踏んだ方、掲示板にご報告下さい。