キダさんは1930年に兵庫県宝塚市で生まれ、高校時代にバンドを組んだことをきっかけにして作曲家としての活動を始めたそうです。
その後は、関西圏の方々ならご存じでしょう。
関西圏の番組・CMなどでキダさんの曲が使われ、彼の曲を聞かない日は無いとまで言われるほどでした。かに道楽のCMソング、「2時のワイドショー」・「ラブアタック!」・「プロポーズ大作戦」・「バラエティー生活笑百科」など番組の主題歌、企業の社歌・学校の校歌、アーティストへの作曲など自称5000曲作ったとも言われています。
またキダさんを語る上で欠かせないことの一つとして、柔らかい関西弁を使いながらも時に強烈な毒舌を放つ独特の口調で人気を博していた点でしょう。そのことで、作曲家以外にもテレビの司会やラジオパーソナリティとして、関西圏の番組を席巻していたこともありました。また彼の番組から育ったアーティストもいて、それが♪夢想花でお馴染みの円広志さんです。後に、彼の事務所に所属するほど縁の深い関係(何と50年の関係)になりました。
もう一つ、キダさんを語る上で外せないのが、「探偵!ナイトスクープ」の関わり。
1989年に初出演し、1990年にはキダ・タローという人物に着目する依頼で、関西圏の人達からは、表題にしている浪速のモーツァルトの異名で尊敬のまなざしを浴びることになります。その後は、初代局長の上岡龍太郎さんや2代目局長の西田敏行さんの傍らで顧問(ゲスト出演)で度々顔を出し、遂には最高顧問として局長と共に番組の顔となっていきました。
時に適当な活動をした探偵に厳しい言葉を投げかけたり、下らない依頼でも愛ある言葉で昇華させたりと番組が好きなんだなと思わせるコメントが多くあったように思います。
そんなキダさんの最後の出演は4/19放送(関西圏にて)。収録は3月末のことで、この収録後に体調を崩して入院したとのことです。4月上旬に退院し、自宅で静養していたそうですけど、体調が戻らないまま5/14に亡くなられたとのことです。
誰もが聞いても親しみやすく、誰もが聞いても覚えやすい耳に残る曲の数々。タイトルを忘れていても、この曲のメロディーを知っているなんてことが多いのが、キダさんの曲ですね。キダさん自身も、時に毒舌を吐きながらも、愛ある眼差しで人々を見守っていた優しい方でした。突然の訃報に驚きを持って迎えた人も多かったかもしれません。私も驚いた一人です。
もうこんなどんな人にもウケる、(自称ながらも)5000曲もプロデュースするような稀有な音楽家・作曲家は生まれないと思います。キダさんがこの世からいなくなっても、彼の作った曲が彼の代わりになって、世の中に残り続けることでしょう。そして、キダさんから見て孫やひ孫や玄孫(やしゃご)の代になっても愛される曲として曲と共に名を残すことになると思います。
さらば、浪速のモーツァルト!そしてありがとう、浪速のモーツァルト!永遠の作曲家キダ・タローに栄光あれ!!

