見た感じでの復興は大きく進んでいるところが多いと思いますけど、いまだに福島第一原子力発電所周辺の復興は進んでいません。放射能の除染がまだまだ進んでいないのと、個人的な見方ではありますが、そろそろ打ち切りを視野に入れているのではないかと思えてならないです。
心の復興に至っては、まだ震災の傷が完全に癒えきっていないと感じます。恐らく一生掛かっても癒しきれるものではないと思います。彼らの心のケアを国や自治体は、これからも噛み砕いてやってほしいものです。
10年ひと昔と言いますが、まだまだひと昔の出来事で片付けられるような地震ではありません。1ヶ月前には、東日本大震災の余震と思われる大きな地震がありました。この先もまだ大きな余震が続くかもしれない恐怖と不安にさいなまれながら、さらに10年重ねていくかもしれません。
だからこそ、ここで区切りだとか10年ひと昔とか言えないのではとも思っています。まだ震災後は続くのです。もしかすると世代を越えて、100年・200年の大きなスパンで進められるのかもしれません。
そんな東北を今年こそは見に行きたいと思っています。去年は東北には行く機会はあったものの、被災地だったところを直接行ける機会が新型コロナウイルスの影響で得られなかったのが一番の理由ですね。丁度毎年5月に行っていたのですが、そこは緊急事態宣言の関係で動けなかったですから。
もし、今年行けるチャンスを得られたら、一昨年までの8年間で回った中で、特に印象の残っていたところに行きたいと思っています。2ヶ所は間違いなく行きたい。あと1ヶ所をどうしようかと思っているところです。どれだけ変わったのかをこの目で見て、時の流れを感じたいのです。
最後に、被災して亡くなられた方のご冥福をお祈りすると同時に、いまだ復興道半ばな中で一生懸命働いている方々に心より感謝申し上げます。
今日は東日本大震災から6年の節目。
そんなところを知ったきっかけが、4/27付中日新聞の夕刊の記事。
20分くらいで目的地の厳島神社に到着。
正面から見たところ。3つの鳥居と本堂があります。大漁旗がはためくのも漁師町にある神社ならではの特徴ですね。
こちらが、例の鳥居。
この神社の中には、鳥居再建の碑が建てられており、アメリカ・オレゴン州ポートランドへの感謝がつづられております。
本堂そばには、やはりウミネコ(笑)。
こちら、当日もらった鳥居再建式典のスケジュール。
午前10時少し前に式典が始まる。
厳島神社の宮司さんが神事を執り行いました。
その後、オレゴン州議会議長のあいさつ、オレゴン州知事のメッセージ紹介、八戸市長のあいさつ、札幌にあるアメリカ総領事館の首席領事のあいさつと続き、近くにある大久喜小学校の演舞(ソーラン節)が行われました。
最後に記念撮影。
見た感じ穏やかな海原ですが、八戸市で1人(青森県全体で計3人)死亡、1人行方不明(同じく計1人)。かつ建物にも漁船にも多大な被害があったそうです。
この大久喜地区には、国指定重要有形民俗文化財の浜小屋があります。
こちらは、報效義會(ほうこうぎかい)鼎浦丸遭難之碑。
現在、東日本大震災1周年を迎えることから、ローソンでは「東北応援!」フェアを行っています。
で、ファミリーマートでも、なみえ焼そばまんという形で展開されています。



QVCマリンフィールドは、幕張新都心という埋め立て地にあることから、東日本大震災の影響で一部に液状化現象が起こりました。
そういうわけで、いつものバックスクリーン裏にある売店で買ってきた。
海老名サービスエリアにて。
うちの近所にある自動販売機。
見えにくいかもしれないので、ちょっと拡大。
仙台に向かう途中、福島を通ったのですが、その時に撮った雪山の写真。
東塩釜に着いてからは代行バスで向かうことになりました(写真は石巻で撮った時刻表)。
石巻駅前にある「サイボーグ009」シリーズの像。駅周辺も浸水したそうですが、無事に立っていました。その先にあった009の像も無事でした。
この写真自身は、帰る時に撮ったものですが、その時の時刻がもうすぐ11時になろうとしていた時。
マンガロード途中のアーケードも、よく見るとわかるのですが、途中で崩壊しています。
仮面ライダーの像も、周囲が危険な場所になっているため、基本的にはサイドからしか見られないふうです。
マンガロードの先にある石巻港近くの交差点。
駅から歩いて約30分。やっと着いた石ノ森萬画館。
石ノ森萬画館のそばには桜の花が満開になっていました。もう散り始めにはなっていたものの、震災や津波の際に海水に浸ったにも関わらず、きれいな花を咲かせていました。
その本屋に貼ってあったイベントの告知。日時は震災の前日。